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灰色の片翼が願う幸せ

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「何してんだ、ユイ? んな顔して」
 不意に僕は現実に引き戻された。眼の前には僕と同じ顔が、僕を覗き込んで訝しそうに眉をひそめる。僕ははっとなって、慌ててなんでもないと笑おうとしていた。
 でも。
「ゆったん、こわいのめーっ!」
 彼の腕の中で、彼とよく似た、けれど獣の耳と尻尾とを持った小さな子供が、腕を振りあげる。そしてその天真爛漫な暴れん坊っぷりに、彼はいつものように大わらわ。当然のように僕はそっちのけ。
「こら、ヴァイ! ヴァイス! んな暴れんなっ! 痛い、いてぇって!」
「まーも、めーっ!」
「いや、めーじゃなくってだな……!」
 きゃっきゃとはしゃぐ幼い子に、僕と違って長く伸びた髪を引っ張られて痛がるものの、強く出れないのが余計に子供を喜ばせるよう。彼はヴァイスくんにはなんだかんだ言って甘い。
 本人はもしかしたら気付いていないのかもしれないけれど、いつもはツンケンして無愛想なくせに、ヴァイスくんと遊んでいたり、振り回されたりしているときの顔は、ほんとに穏やかで、明るいんだ。
 今もそう。文句を言いながら、苦笑いをしている。その様子がいつものことながら、いや、いつものことだっただけにおかしくて、僕はつい笑った。すると二人してきょとんとして僕を見るものだから、余計におかしくなって僕はますます笑いがこらえられなくなってしまう。
「っははは……。ご、ごめん。でも、おかしくって!」
 髪をつかまれたままの彼は、突然笑い出した僕に何やら釈然としないのか、複雑な顔。ああ、いけない。これでは彼は自分が笑われたのだと誤解してしまう。
「ごめん、ごめんって。別にレイスがおかしかったわけじゃないんだ。むしろ、ありがとう。ヴァイくんも、ありがとうね」
 そうやってあらためて訂正すると、僕を笑わせてくれたレイスは今度は何が何やら分からないのか、困惑する顔。でもヴァイスくんは僕の思いが分かっているのかいないのか、にこにこと笑ってくれた。
 僕のあの記憶はもうずっと前のこと。今はもう、ただの記憶でしかない。今の現実は、彼らと一緒に森の中で、静かに暮らしている。だから彼らもきっと、僕にあの記憶を思い出す必要はないのだと、言っているのだと思う。
 それでも、ヴァイスくんとレイスが僕から離れて行くと、また思い出してしまう。
 僕はその後、レイスと再会できたんだ。でも、それは彼を救うことにはならなかった。僕じゃ、救えるわけがなかった。最初から気づくべきだった。自分一人も救えない僕に、他の人間を救うなんてことは、おこがましすぎたんだ。
 レイスは、ある組織で人体実験の被検体をやらされていたと言う。それは僕の体験なんかとは比べ物にならないくらい恐ろしいことだったんじゃないかって思う。
 実験には、罪もない人たちも多く犠牲になったとも聞いた。それも、レイス自身が手にかけたのだ、とも。レイスだって、自分の体をいじくりまわされていた。生かさず殺さず、文字通り生殺し。
 そんなことを繰り返し、繰り返され続けた彼は、僕と再会した頃には、生きるのを諦めていた。むしろ、死ぬことだけを願っていた。けれど、それすらも彼は許されてはいなくて、その唯一の願いさえも諦めて、ただ抜け殻のように、そこにあるだけの存在になっていた。
 組織から逃れても、そんな彼は変わらなかった。僕はレイスを理解したかった。でも、子供のころのように、なんでも言葉にしなくても伝わるなんて、そんなことは夢か幻でしかないことを、思い知るだけだった。分かったのは、彼がただ、辛いのだということだけ。
 彼が唯一、泣き喚きながら願ったのは、「置いていかないでくれ」という、その一事。独りになることを、ただ孤独のうちに生きて行かなければいけないことを、何よりもレイスは恐れていた。
 僕は彼を変えるどころか、癒すことも、慰めることも、できやしなかった。結局、彼を救えたのは、僕じゃなかった。
 でも逆に、それで良かったんじゃないかって、今は思う。
「お。ヴァイ、ママと楽しそうだなぁ。俺様も混ぜろーっ」
 不意にそんな、子供のようにはしゃいだ大人げない声が、レイスに飛びかかった。後ろからレイスにのしかかって抱きしめてしまうのは、真っ赤な髪の大きな男の人。
「ヴァルっディース! なにすんだ!」
 突然の行動に、レイスが抗議の声を上げる。でもその人はそんなことは気にせず、ヴァイスくんとよく似た表情で、一緒になってレイスの髪を引っ張りだす。
「だーーーー!!! 二人してオレの髪を引っ張るんじゃねーーーー!!! そして、ママって言うなーーー!!」
 真っ赤になって泣きそうになりながら、ヴァイスくんを放り投げるレイス。けれど、放り投げられた方は一層楽しそうにはしゃいで、ヴァルディースさんに軽々と受け止められる。
「ぱーぱ! もーいっかい! もーいっかーい!」
 むしろ楽しかったのか、今度は同じことを父親であるヴァルディースさんに、ヴァイスくんはせがんだんだ。それを見て、レイスはがっくりとうなだれた。未だに、その事実が認められないらしい。
 ヴァイスくんは、ヴァルディースさんとレイスの間に生まれた子供。だから、ヴァルディースさんがパパさんで、レイスがママ。レイスは僕の双子の「弟」だから、本来「ママ」って言うのはおかしいんだけど。
 でも、レイスは「ママ」になったから、そういう風にしてくれたヴァルディースさんがいてくれたから、今のようになれたんだと思う。
 ヴァルディースさんは、人間じゃない。そうは見えないけれど、とても力の強い精霊なんだそう。だから、例の組織に捕らえられ、レイスと一緒に実験の道具にされていた。そしてその実験の一つが失敗して、中途半端に二人は同化した。
 今は分離が成功して別々の存在として生きているけれど、それでもレイスは今も半分ヴァルディースさんでできている。既に、人間ではないのだと言う。
 けれど、彼はそれを悲観していない。人間ではなくなって寿命だって既に人とは違うのだというのに、もう、死を願っていたレイスは、どこにもいない。
 なぜか、なんて聞かなくても分かる。誰にも取り戻させることができなかったレイスの笑っている顔。それを取り戻させたのは、ヴァルディースさんと、ヴァイスくんだ。
 レイスに今、幸せかどうか聞いたなら間違いなく、大げさに照れながらも幸せだと断言するだろう。そして僕自身も、そんなレイスを見ていることができるから、たぶん、幸せなんじゃないかと、思う。いや、幸せなんだと思わなくちゃいけないのかも。
 ヴァルディースさんたちと共に暮らすこの家はとても居心地が良くて、あの恐怖に駆られた屋敷は、ない。彼らは僕の過去を知っているし、そんな僕に何も言わず、一緒に居てくれる。
 けれどそれでも……。
 胸が苦しくなるのは、きっと僕が負う罪が重いから。許してはいけない、罪だから。でも、僕が暗い顔をすればまた、みんな僕を心配する。それは、僕を救ってくれた大公妃様たちの館と同じ。

作品名:灰色の片翼が願う幸せ 作家名:日々夜