灰色の片翼が願う幸せ
ここまでが、僕の一番つらい、思いだしたくない記憶。正直、今ですら思いだすと体が震える。胸が苦しくて、何度も泣きたくなる。
実際、この話を普通の人に話すと相手の方が泣いてしまうこともあった。そう言う人たちは「苦しかっただろう」「つらかっただろう」って言ってくれた。僕が不幸だ、かわいそうだ、とも。
でも、僕はそうは思っていないんだ。確かにその記憶はつらいけど、僕はたぶん、そんな風に思っちゃいけないんだと思う。だって、僕はいくらつらかったって言ってもそれで人を殺した。それは、誰もが消すことのできない大きな罪だった。忘れちゃいけない、僕の罪。
逃げ出した僕を救ってくれたのは、盲目の大公妃様だった。その方は僕におっしゃった。「自分を許してもいいのよ。貴方はそれだけの仕打ちを受けた。それは、その報いの結果だったのだから」って。そうやって、震えて泣きわめく僕をずっと抱きしめていてくれた。
でも、僕には僕を許すことができなかった。もちろん、僕の主人だったあの男が僕にしたことを許すことはできない。でもそれ以上に、たとえそんな人間だったとしても、あの男を殺してしまった事実を、人間の一番重い罪であるそれを犯してしまった、そんな僕自身を許すなんてことを、してはいけないと思っていた。
でも、僕の新しい旦那様と奥様、それにその二人を取り巻く人たちは、すごく優しくかった。優しすぎるくらいに優しくて、むしろそれが辛くもあった。そこで過ごした時間は、多分僕の人生の中で一番幸せで、そして一番、残酷だったのかもしれないくらい。優しくされるたびに、笑いかけてもらうたびに、まるで自分の醜さが、おぞましさが、彼らを汚してしまうようでもあったから。
僕はそこで17になるまで過ごした。でも、ずっとそこに居ることは選ばなかった。ずっとそこにいたら、きっと僕はその場所にずっと甘えてしまうことになっていたと思う。自分は何も悪くなかった。そう思うようになっていたかもしれない。けれどその認識は絶対間違っていて、それは絶対許されてはいけないことで、そしてそれを忘れてしまいそうになる自分が、怖くもあった。
17になって、僕は旅に出た。行方不明になったままの双子の弟、レイスを探すと言う名目で。実際は、あの残酷な幸福の中から、逃げ出すために。
もちろん、レイスを探して助け出すっていう思いもあった。だって、レイスも自分と同じような目に合っているのかもしれない。もしそうだとしたら、そんなことを認められるわけがない。
それにもし、レイスが本当に自分と同じ目に合っているとしたなら、きっとレイスなら、僕の本当に理解してほしいことを、理解してくれると思ったから。いや、その時はそんなことは思ってなかったかもしれない。けれど、心の底ではきっと期待していた。我ながらなんて愚かで卑しかったんだと思うよ。
実際は、そんな生易しいものじゃなかった。レイスはたぶん僕よりずっと、辛い思いをしていたんだ。
作品名:灰色の片翼が願う幸せ 作家名:日々夜