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灰色の片翼が願う幸せ

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「また何を、泣きそうになっているんです? ユイ」
 優しく、背後から僕を抱きしめる腕。それがそっと、僕の顔を覆った。ひんやりとした感触なのは、彼もまた精霊だから。
「ヴァイが驚きますよ?」
 くすくすと、小鳥のさえずりのように喉を震わせて、彼は笑った。
 僕の頬を伝い落ちる涙を掬い取って、彼はそっと僕の頬に口付けを落とす。彼の青銀の柔らかな髪が僕に触れるのが、あまりに優しくて、僕を一層、苦しめる。
 だから僕は、振り絞るように、その言葉を紡いだ。
「僕は、忘れちゃいけないんだ……」
「ええ」
 彼はただうなずく。
「許しちゃいけないんだ」
「そうかもしれませんねぇ」
 彼はただ、ひたすら肯定する。
「だから……!」
「許されてはいけない?」
「……っ」
 僕は何も言えなかった。
 言葉がつまる。胸がつまる。
 彼は僕の何もかもを知っている。彼はずっと僕を見ていた。僕があの男に酷い目に合わされていたときも、大公妃様の館で寂しさに苦しんでいた時も、ただ、空気に溶けて見ていたのだ。
 けれどそれはレイスとヴァルディースさんのように記憶を、肉体を共有しているわけじゃない。彼に僕の心は、わからない。
 僕は許されたい。でも、許されたらいけない。矛盾に次ぐ矛盾。それが、たぶんつらい。そしてそんな気持ちを誰もわかってくれないことが、一層、つらい。
 嗚咽がこぼれるのを止めようとして、手で口をふさごうとしたら、その手を彼に止められた。
 そして囁くように、彼は僕に告げた。
「昨日の夜レイスが、眠れないのだと言って、ベランダにいましたよ。自分が殺した人間が、自分を壊しに来るようだ、ってね」
 それは初めて聞くことじゃない。レイスは、今も夜中に突然目を覚ます。過去の実験の夢を何度も見るのだそう。そしてその記憶に、恐怖する。それは僕と再会してから、いや、たぶんその前からずっと、変わらない。
「レイスは、忘れてないから……」
「でも、『今』は、笑っていますね」
 彼の言う通り。眼の前のレイスは、笑っている。ヴァイスくんたちと一緒に笑っている。
 レイスは、忘れない。忘れられない。
 けれど、彼は幸せをかみしめられる。自分自身を許せないのに、許してはいけないのに、そんな自分を許している。苦しみながら、笑っている。
 でもそれは、レイスにヴァルディースさんがいるから。ヴァルディースさんはレイスの記憶を、感情を共有している。だからきっと……。
「だとしたら、なぜヴァルも笑うんでしょうね? 同じように辛いんじゃありませんか?」
 僕はその言葉にはっとした。
「でもねユイ。辛い、と言う事実は、貴方もレイスも同じでしょう? でもそんな貴方は、彼を救えましたか?」
 いいや。救えやしなかった。レイスが辛いのは、手に取るように分かっていたのに、僕は眼の前で苦しんでいる彼に、何もできやしなかった。それは、レイスがどういうことをどう辛いのかなんて分かっても、きっと同じだったんじゃないだろうか。そんな、気がする。
「理解だけでは何もできない。感情はいくら共有していたって、自分だけのものです。自分を責めるのも、自分を許すのも、ね」
 彼の言葉は、僕の心をずたずたに引き裂く。僕は誰かに許されたい。でも、他の人間がそんなことを、できるわけはない。それができるのは、自分だけ。そう、自分自身だけ。
 確かに、レイスにとって自分を許すきっかけになったのは、きっとヴァルディースさんと、ヴァイスくんだったんだろう。でも、実際にそれをしたのは、レイス自身。
 分かってる。僕が許されたいなら、僕が僕自身を許さなきゃいけない。そしてそれはきっと、忘れると言うこととは違うんだ。
「ええ。心に刻みつけて、決して忘れないように、背負えばいいんですよ。けれど、自分自身を許しなさい」
 淡々と、なんの感情もこもらない声で彼はそう言う。でも、それが他のどの慰めよりも、同情よりも、ずっとずっと僕には苦しくて、そして同時に、何よりも、嬉しかった。
「いいのかな……。許されて、許して、幸せになって、それでも、いいのかな……」
 僕の問いに、彼は笑った。
「あなたがそう望むのなら、いくらでも」
 僕はその言葉に、ためらわずに泣いた。その姿を彼は隠してくれる。僕は彼のもとでなら泣いても、自分を許してもいいんだということを、「許されて」いるのだと、知ったから。
「ありがとう、フェイシス……」
 フェイシスが、僕に笑う。そして僕の言葉を奪うように口付ける。
 それを、レイスとヴァルディースさんが呆れたように見ている。
 僕は真っ赤になって、フェイシスに当たり散らす。でも彼は何も気にせずに、余計僕をからかう。しまいには僕は拗ねて、彼に謝らせようとするんだけれど、うまくいかなくって僕の方が丸めこまれてしまう。
 そんないつもと変わらない、いつもよりとても幸せな、時間。
 ヴァイスくんが笑って僕を呼ぶ。僕は彼と二人で、みんなのもとに行く。その顔はもちろん、笑って。
 

作品名:灰色の片翼が願う幸せ 作家名:日々夜