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花束を持つ手にはナイフを

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 可愛い娘をどこの馬の骨とも知らぬまことくんなんかにやってたまるか。
 せめてそのまことくんとやらが誠実な男なのか判断するまでは俺は死ねない。
 高部は素早くネクタイを引き抜くと、鞭のように撓らせて相手の手首を打った。ぱんっと空気が切り裂かれる音と共に男の手にあったナイフが床に落ちる。男の手首にまきついたネクタイを高部は強い力で握り締め、乱暴に自分の懐へと引き寄せようとしたが咄嗟のことに態勢を崩した男もすぐさまに応戦する。しっかりと足を踏ん張る。
高部は不適に笑って、手に持っていたネクタイから力を抜いた。今まで踏ん張っていただけにいきなりの緩まったことに男の体が揺らいだ。その隙をついて高部は男の胸に蹴りを叩き込んだ。男の体が小さく浮き、呻き声と共に床に崩れたのに高部は男を見下ろした。懇親の力をこめての一撃を与えたので数分はまともに動けないだろう。
「今のうちに連絡を」
「動かないで」
 高部の背中にごりっと冷たい銃口があてられた感触がする。
 高部は目だけを動かして自分の背後にいる相手を見た。
「マーリア」
 声だけで察していたが、違うと心の中で否定していた。しかし、姿を見れば、彼女は誰でもないマーリアだ。
「マーリア、君は」
「黙って!」
 マーリアはヒステリックに叫んだ。
「早く起きて。アーダム」
「分かっているよ」
 苛立った、かすれた男の声がしたと思えば、高部の腹に強い一撃がくわえられた。痛みに高部は唸り、床に崩れる。そのあと二度、三度と腹を蹴られて高部は体をくの字にして痛みに耐えた。
「やめてよ。アーダム」
「うるせぇ。こいつを眠らせてるんじゃないのかよ」
 アーダムの文句にマーリアが顔を歪めた。
「失敗したのかよ。だから、お前はのろまなんだよ」
「ごめんなさい」
 二人の会話に高部は、この二人の関係を理解した。
 よろよろと高部は顔をあげてマーリアを見上げた。
「マーリア、君は」
 裏切ったのか。
 高部は言葉ではなく、目でマーリアに問うた。
 マーリアが裏切らなければ、ここの場所が他にわかるはずがない。
高部が口を開いて何か問おうとする前に腹に強烈な一撃がくわえられた。今のは受身もとっていなかったためにもろにボディにはいった。さすがに高部は咳き込んだ。それでもアーダムの攻撃は続いた。油断していた一撃のあとで受身一つまともにとれずに高部は蹴られ続け、顔にも一撃を受けた。鼻血が出て血の味が口いっぱいに広がった。
「もう、もう、やめて! いいでしょう!」
 マーリアが慌てて高部とアーダムの間に身をねじ込んで止めた。でなければアーダムは高部が死ぬまでけり続けていただろう。
「もう、いいでしょう。さぁ逃げましょう」
 マーリアがアーダムに急かすように言うと、アーダムの手が動いた。
 マーリアは自分の身に何が起きたのかわからず、目を見開き、自分の腹を見た。マーリアの腹に深々とナイフが突き刺さっていた。
「なんで?」
 マーリアは力なく笑った。目の前の現実が信じられなくて。
「お前が邪魔だからだよ」
「なん」
 マーリアの問いは最後まで続かなかった。
 アーダムの腕が乱暴にマーリアの頬を殴り、床に倒したのだ。マーリアは床に転がり、全身を小刻みに震わせながらアーダムを見上げた。
「ど、し……組織から、にげ、ようって、アーダム」
「悪いが、俺はそういうお前たちを見張ってたんだよ」
「えっ?」
「お前たちの裏切りを組織が知らないと思ったのか? お前たちの裏切り行為を潰すために俺は味方のふりをしたのさ。組織の事務所を襲ったふりをしたのも、お前らの全体を潰すためさ」
「そんな」
 マーリアの体をアーダムの足が無造作に蹴り上げた。
「じゃあ、うそ、なの? その子の持ってる情報を売れば、金になって、にげ、られるって」
「当たり前だろう。ボスがあれで死ぬはずないだろう。この娘はただの囮だよ。情報なんて元からないのさ」
 アーダムは笑いながらマーリアの体を蹴った。
 マーリアがうめき声をもらして、全身を震わせる。
「しんじて、たのに……じゆうに、なれるって、しんじて」
「馬鹿だな。お前みたいなのはいくらだってかえがきくんだよ」
 アーダムがマーリアの床に落ちた銃を拾い上げると、銃口をマーリアに向けたのとほとんど同時に下から足が飛び、銃口の方向を逸らした。
 高部は立ち上がるとアーダムと間の間合いをつめた。素早い動きにアーダムの対応は一瞬、遅れた。
 高部の拳がアーダムの頬を殴った。いきなりのことにアーダムが床に転がる。
「お前だけは許さん」
 アーダムが慌てて身を起こして銃口を向けてきたが、高部は怯まなかった。銃は距離が近すぎると威嚇の意味しかないことを高部は心得ていた。十年以上のブランクはあっても、体術を達人の領域まで取得した高部には銃は恐るべきものではない。
 気合のはいった声と共に高部の拳がアーダムを壁まで吹き飛ばした。
 高部の武術は我流だ。若い頃にしていたボクシングと柔道がミックスされたものだ。
 高部は男に駆け寄ろうとして、足をとめた。
 銃に恐れを覚えたわけではない。
 アーダムの銃口がベッドで眠っている女の子に向けられていたのだ。
 高部が動きをとめたのに、にやりとアーダムが笑った。
「動くなよ。撃つぞ」
「……自分が助かるために信じてくれたマーリアを裏切り、なんの罪もない子を囮にして、恥ずかしくないのか」
 アーダムが後ろにさがりながら、ベッドで寝ている娘をあいている片手で引き寄せ、片手で娘の体を掴むと懐に置くと、少女の小さな頭に銃をあてる。
「青臭いこというなよ。あんただってこの世界で生きてきたんだろう」
「まぁな。だが、お前みたいな卑劣なことをしたことはない」
 高部の言葉にアーダムの顔が険しくしたが、高部の強さはわかっているらしい。何も言わずに後ろへと下がって部屋のドアへとたどり着くと銃を持つ手でドアノブを開けた。
「そんなこといってるから裏切られるんだよ」
 アーダムがズボンから何かを取り出して投げた。
 高部は自分の足元に転がった黒いそれを見て顔を強張らせた。小型爆弾だ。慌てて高部は身を隠すところを探し、床に転がっているマーリアに視線が向いた。一瞬の躊躇いがあったのち高部はマーリアの体を抱きベッドの脇に飛び込み、マーリアに覆いかぶさった。とたんに鼓膜を打つほどの爆発音と背中に痛みが走った。
 次に部屋の天井から水が雨のように降り注ぐ。防犯機能が作動したらしい。
「うっ」
 高部は小さなうめき声と共に起き上がった。
 胸の中にいるマーリアを見下ろす。
マーリアはぐったりとした顔をしているが、息はしている。
「どう、して」
 微かに唇が動いたのに高部は怪訝としてマーリアを見た。
「大丈夫なのか?」
「死なせてくれないの?」
 マーリアの口から零れた言葉に高部は絶句した。
 マーリアの瞳から涙があふれ出てくるのに高部は苦々しい気持ちになった。
 高部はつい反射的にマーリアのことをかばってしまっていた。彼女のした裏切りは許せないが、その理由もわかってしまうと恨めない。
作品名:花束を持つ手にはナイフを 作家名:旋律