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花束を持つ手にはナイフを

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「片桐さん。あなた、見つかったって」
 思わず声をあげてしまったのに客の前を考えて、慌てて咳払いして誤魔化した。
『ああ、見つかったみたいだな。じゃあ、あとのことは』
「待ってください。どういう理由とか、まったくわからないんですけども」
 小声で高部は噛み付いた。ここで押しに流されてはとんでもないことに巻き込まれてしまう。ここで何が何でもふんばってはねのけなくては。
『いや、こっちも悪いとは思ってるけどさ。人手不足で、手がまわらないんだよ。その子は客だから、もてなしてほしいわけ。っても、何かしろってわけじゃない。とりあえずはな、話がまとまるまでは保護してほしいわけだ』
「困ります。私は、もう営業では」
『なにも殺しをしろなんていってないんだ。とりあえずはな、保護してくれよ。ホテルはもうとってあるから、そこに連れていって護衛な』
 これは断れない雰囲気であることを感じながらも高部は必死に言い募った。
『がんばったら、特別手当ででるぞ』
 片桐の言葉に現金かもしれないが、少しだけやる気が出てきた。

 女の子をそのままにしておくのも忍びなく、高部はフウマお抱えの闇医者を呼んだ。電話するとすぐに来るとのことだ。
 待つこと五分で、えにちは来た。
 黒いセーターにジーンズ。腰ほどある長い髪を一つにまとめ、たらしている。猫のように鋭い目にめがねをかけて知的な雰囲気の女性だ。すらりと伸びた背丈に彼女の整った顔立ちを見れば、誰もがため息をついてしまうほどの美女。
 彼女は淡い色の唇に笑みを浮かべて黒い鞄から白衣を取り出して、身につけた。その美貌だけあってか他人を威圧するだけの妙に迫力がつく。
 えにちは早速、女の子を見てすぐに異常なしの判断を下した。
「けど、薬を飲ませされてるね」
「薬を」
 まだ十ほどの少女に薬を飲ませて眠らせる。それだけのことを何かしたのか、またしようとしたのか。どちらにしてもあまりよいことではないことぐらいは察しがついた。
「あんまり質がいいものではないらしいね」
「大丈夫なんですか?」
「何かあれば私を呼んでくれて構わないよ」
 えにちが微笑んで言った。女の子に着せるための下着と服も彼女は用意してくれていた。さすがに着替えのときは男三人は席を外して、部屋の外で待つことにした。
 フウマのビルは禁煙となっており、煙草を吸うことが出来ないのが玉に瑕だ。
「たばこすいてー」
 自他ともに認めるヘビースモーカーの篠崎が毒づいた。
「健康によくないですよ」
「健康よりも、俺は肺を自分も他人も黒く染めて死ぬことを選ぶ」
「……そんな、また、凶悪な」
 高部は苦笑いして肩をすくめた。

 ホテルまでは、篠崎の所有する車で向った。
 片道三十分ほどでついたホテルは、豪華さが売りらしく、見た目からして高級感に包まれていた。ロビーから堂々と入ることもできないので携帯でホテルのフロントに連絡をいれて、裏口をあけてもらい、こっそりと中に入ると支配人が待っており、最上階のスイートルームに案内された。片桐が奮発してくれたらしい。たぶん、たった一泊だけで高部の一ヶ月の給料は軽く飛ぶだろう広々としたホテルの部屋に篠崎と平井は恥ずかしげもなくはしゃいだ。
「すげー、まるで全部ゴミみぇ」
「本当ですね。ここから石を投げてみたいものですね。ふふふ」
「客の前だぞ。お前等」
 高部が唖然としつつ、腕の中に抱えた女の子をそっとベッドに横にさせた。その傍らに女も腰掛けて、ほっとため息をついた。
 今までいつ殺されるかという危険の中にいて、ようやく安全なところについたということで女の顔には明らかな安堵と疲れの色があった。
 そんな女を哀れに思いつつも高部は無駄に広い部屋に小さくなって携帯を使って家に電話を入れた。
「はい?」
 電話の第一声は愛する敦子のものであったのに高部はほっとした。
「ああ、敦子。俺だよ」
「あら、あなた? お帰りが遅いから、どうかしたのかと思ったわ」
「すまん。残業で今日は帰れそうに無い。決して女と一緒にいるわけではないからな」
 最後のところだけは力をいれていっておく。そうすると、電話の向こうの敦子はくすくすと笑った。
 夫が女と浮気するだけの甲斐性があるとは露ほどにも思っていないようだ。確かにそうだが、なんだか複雑だ。
「はいはい。がんばってね。ん、ああ。そう、お父さん仕事だって」
 小夜が傍にいるらしい。父親が今日は戻らないと知ってさぞや寂しがるだろうと思っていたら、電話の向こうでは
「じゃあ、今日は外でごはんたべよう」
 などという娘の元気な声が聞こえてきて高部を思いっきり落ち込ませた。
 邪険にされるのは、悲しい。しかし最愛の娘の元気な声が微かにでも聞こえて、それは、それでよかったなどとつい口元を緩ませてしまう。
 高部は携帯を切った。
「それで、二人は」
「帰るぜ」
「ひやかしなので」
 篠崎と平井の二人の言葉に高部は一瞬、絶句した。
「お、お前等っ」
「じゃ、そういうことで」
「お騒がせしました」
 二人は平然とした顔で出ていくのに高部は拳を握り締めて怒りに震わせた。
 今まであの二人の横暴は何度も見てきたし、その唯我独尊な性格はわかっているつもりでいた。しかし、あれは、あれで友人のことを少しは思いやってくれる優しさがあるのだとつい最近までは思っていた。そう、このときまでは。
 今日、確信した。
 持つべきものは友人ではない。
 この世はみんな薄情だ。
 高部はしみじみと人と人との繋がりの脆さを実感しながら深いため息をついた。はじめから彼らを頼りなしたのは間違いだったのだ。
 ちらりと横目で女と女の子を見る。眠っている女の子を守るようにベッドに腰掛けた女が視線を向けてくるのに高部は気持ちが憂鬱とした。本当はあの二人みたいに無責任に逃げ出したいが、そんな目で見られは出来そうにない。
 高部は女に笑いかけた。
「大丈夫だよ。裏切ったりはしない」
「捕まることは?」
「追っ手に? ああ、それはない。あの二人は強いから。その点だけは信用してもいい」
 高部は朗らかに笑いながら女に歩み寄り、鷹揚に笑ってみせた。
「おなかがすいた? ホテルの中ならば自由に出歩いても問題はないよ」
「いいえ。大丈夫」
「遠慮することはない。これは必要経費で落ちるから。それに食べられるときに食べておいたほうがいい。心配ならば、ルームサービスを頼もう」
「あなたに、お任せします」
 女の言葉に高部は、立ち上がると部屋についている洒落たテーブルの上に置かれているメニューをとった。
こういうときでないと食べれないだろうと思い、思いっきり高価なものをとりよせてやろうと心の中で決めた。
「君は何がたべたい? ……君、名前は」
 高部はここで女の名前を知らないことに気がついた。
 名前を尋ねられた女はしばし迷うように視線を彷徨わせて、口を開いた。
「マーリア」
「マーリア。うん。いい名前だ」
 高部の言葉にマーリアはひどく皮肉ぽい微笑みを浮かべた。
「私のいたところは女はみんなこの名前よ。男はアーダム」
 マーリアの言葉に高部は目を瞬かせて苦笑いを浮かべた。
「みんないい名前なんだね」
作品名:花束を持つ手にはナイフを 作家名:旋律