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花束を持つ手にはナイフを

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 高部は気絶している男のほうは駐車場の警備員に任せて、女は自分の課へと連れてきた。そこ以上、連れていける場所がなかったというのが正解だ。
 それも裸の女の子は視線に困るので、高部は上着をかけて運んでやった。女は高部のことを全面的に信用することにしたのか黙ってついてきてくれた。
 駐車場から課に戻るまで、誰にも会わなかった。
 表向きは幅広い貿易会社であるが、その会社の社員の誰もがなんらかの形で犯罪組織の者として働いている。ほとんど表向きの会社は隠れ蓑として力はそこまで注がれていないので、会社員としては定期にあがることができるのだ。ただし仕事となれば時間帯は選ばれない。特に「営業」と呼ばれる殺し屋はいつ何時でも仕事を負わねばならなくなる。
 それがいやで結婚を機に「営業」をやめ、今はただのしがない組織の一員として後方支援で働いているのだ。後方支援のほうが、「営業」のように時間帯を選ばす仕事をせねばならないということはないからだ。
 いつもは定期であがれることが嬉しかったが、今は、これほどに憎たらしいと思えてならない。誰かに出会えたら、すぐに泣きついて彼女たちを押し付けることができたのに。
 女は縋るように高部を見つめている。慌てて高部は笑顔を返した。
 いきなり襲ってくる女と変な男。さらには裸の娘。これで、どうして見捨てられるだろう。
「おいしい」
 お茶を飲んで女が驚いたような声を漏らした。
「それはよかった」
 美味しいもなにも五千円の茶葉だ。美味しくないはずがない。
 こんな機会もないと味わえるはずもないので、しっかりと飲んでおく。
「どうやって、ここに?」
「片桐サン、連れてきてくださいました」
 その言葉に高部は目を見開いた。
 だが、すぐに気がつくべきだった。片桐は地下駐車場に忘れ物があるといっていた。それをとりにきたら、いきなり女の子がいるのだ。まさか押し付けられたのだろうかと頭のなかにちらりと掠めた。
 片桐が関与しているということは、それはフウマの仕事ということになる。
「この子、助けるの、精一杯だった」
 女が横で眠っている少女に視線を向けた。
 助けたときの格好のことを考えるとろくでもないことだろうことは経験上わかっている。すぐにでも片桐に連絡をとり、この女と少女を引き取るなりなんなりしてほしい。捕まえた男がいるのだから、連絡がいっているはずだが。
「お願いです、助けてください」
 女が身を乗り出してきた。今まで顔にまで注意がいっていなかったが、中々に整った顔立ちにうっすらと化粧してなくても、美しい。その上、金色の髪に、青い瞳は日本人の若者がどれほどに願っても手に入らない完璧な外国人の証だ。
「あ、あの、まってください。ね、落ち着いて」
 思わず女に見惚れそうになって高部は手を前に突き出して言った。
「これは明らかに「営業」の仕事です。私は、後方支援なんです。それに、仕事については上からの指示を仰がないといけません」
「では、どうすればいいのですか?」
 女の顔は不安げだ。ここにしか助けがないという縋る目には、焦りがあることはすぐにわかる。ここで高部に見捨てられたらこの女と少女の命はないかもしれない。
 しかし、ここで安易に安請け合いをして希望を持たせた上で奪うなんてことはもっとしたくない。
 こういうときはどこに言えばいいんだ。営業に回される仕事の受付はどこがしているんだ。
 長らく表舞台での仕事から身を引いたせいか、こうした緊急事態にどうすればいいのか本当にわからない。今すぐにでも誰か助けてと叫びたいのをぐっと堪える。
 これがアクション映画のような個人の殺し屋であれば、金の交渉なんかをしてさっさと引き受けたりするのだろうが、生憎とここは映画ではない。自分は組織に属した人間なのだ。
殺し屋は自分の身を守るためと安定した収入のために組織に身を置く。そうしておけば、組織が警察から護ってくれ、武器の入手などは完璧に行ってくれるからだ。
フリーランスでやるにしても、そのときそのとき依頼者と契約を結ぶというのもあるが、今の裏社会の競争率が激しい中では個人でやっていくのはそれ相当の実力がなくてはいけないのでかなり危険だ。
裏社会にもルールはある。特に裏社会は信頼と実力がものをいう。どんな強い者でも信頼を作らなくては仕事にはならず、その信頼はルールを守ることで作られる。どちらが欠けてもやってはいけないし、一度でも失敗すれば今まで築き上げた信頼は地に落ちる。
 フウマは、大手組織で長い間、裏社会で名を馳せてきたのは、信頼があるからだ。
 そのため組織の人間にもかなり厳しいルールが科せられている。それを守らなければ、組織はその者を始末する。
 一人が勝手をすることが組織全体に響くこともあるのだ。
 高部はそうした組織のことを考えると、安易に返事などできる立場ではない。殺し屋とはいうが、こうしてみると一介のサラリーマンとなんら変わらない。いや、もう殺し屋は引退しているのでただのサラリーマンといわれてもいいのだが。
「高部、気がきかねぇなぁ。そのままだと女の子、風邪ひいちまうぜ」
「そうですよ」
 背後からの声に高部は心臓が止まりそうなほどにおどろき、振り向いた。
 篠崎と平井だ。
「二人とも! わざわざ気配を消して後ろに立たないでくれ」
「いや、ついて昔の癖で」
「私は趣味で」
 二人はまるで悪びれたところがないのに高部は内心、ため息をついた。こういう奴らだ。
 高部は驚いている女になんとか笑いかけた。
「怪しい人たちではないから」
 自分でいっててなんて説得力のない台詞だろうと高部は思いながらも苦笑いで女を落ち着かせつつ、二人に向き直り小声で問いかけた。
「けど、どうして二人がここに」
「片桐サンから連絡を受けまして」
「女どもを頼むとよ」
 二人の言葉に高部は、女には申し訳ないが厄介ごとから解放されるかもしりないというかすかな希望を抱いて、内心はほっとした。
 元々自分が地下駐車場に行ったのは片桐の忘れ物をとりにいってほしいという言葉からだ。
 フウマの会社は表向きは普通の会社だが、内情が事情だけにセキリティは徹底している。女が勝手に入って問題がないほうが可笑しい。たぶん男のほうは女を追って忍び込んできたのだろう。あの戦い方を見る限りでは限りなく腕のよいプロだ。そこまで憶測して考えるのをやめた。自分には関係なことであれこと悩んだりしたら白髪が増える。
「じゃあ、二人に彼女のことを任せても」
「私は女性が苦手で。いえ、人間がすべて苦手なんですけどね」
「俺は暇するのに忙しい」
 二人の台詞に高部は思わず怒鳴りそうになったのをぐっと耐えた。ここで怒りを爆発させるわけにはいかない。
 高部はため息混じりに二人を睨んだ。
「じゃあ、なんで、ここにいるんだ。お前たち」
 二人はまるで悪びれもしないで言い返した。
「そんなのおもしろそうだから」
「不幸なやつの観察」
 高部の頭の中できれてはいけない血管が思いっきりぶちりと音をたててぶちきれた。
 そのとき携帯が鳴ったのに高部は、はっと我に返り懐から取り出して耳にあてた。
「はい」
『あ、高部? 忘れ物見つかった? 女と女の子一人』
作品名:花束を持つ手にはナイフを 作家名:旋律