むすひなんて、家には要らない。
名前は伏せるけれど、大体の人がわかるんではないだろうか。
読み方こそ違うけれど、漢字で書くと有名な漫画の主人公の弟になる。
勉強ができ、運動ができ、人当たりがよく、優しい性格。
しかし、交通事故によって死んでしまう。
その漫画を読んだときに、彼はそっと姉に聞いたそうだ。
『俺にさ、交通事故にあってこい。って言ってるのかな』
「馬鹿ばかしい、とか言ってやりたかったけど」
心配性で傷つきやすいから、そんなことないよ、ってしか言えなかった。
話を聞くだけでほとんど顔をあわせたことはないけれど、その彼は勉強も運動もできる。
人当たりはきついけれど、本当は怖がりなだけなんだよ、と笑う彼女の顔は嘘をついていないように國美には見えた。
「……不安に、なっちゃうのかもね」
あまりにも、似ているから。
本人に自覚はないだろうけれど。
自分と同じ名前の人は、たとえフィクションでもこの世のものじゃなくなると、ぞっとする。
二人の両親は、人間的に素晴らしい少年のようになってほしい。
その一心で付けた名前。
子供と言うのは、時にそれを曲解したり、深読みしてしまったりして疑心暗鬼になることもある。
というのは、國美だけの意見かもしれないが。
輝彦は、姉の贔屓目で見たって本当によくできた弟だと思う。
勉強や運動ができるがイコールで良い人間ということでは、ないけれど。
そうなるための努力を惜しまず、決して自分の力をひけらかさない。
言いすぎかな、と思うくらいだが、余計なことばかり考えてる自分とは違う、と國美は思っていた。
玄関の扉が開いて、靴を脱ぐ音と一緒に外の空気のにおいがした。
「ただいま」
「おかえり、今日早かったね」
部活は、と聞くより先に、答えが返ってくる。
「部活が自主連だったから。こういう時くらい、手伝いでもしようかなって思って」
「そっか」
國美が家事をするのは、祖母が亡くなる前から当然のことだったし、別段気にしていない。
それを輝彦が手伝うのも、ごく自然にされてきたこと。
そして、父がいつも遅くまで仕事をして帰るのが遅いこと。
ある程度の時間からは部屋で勉強する輝彦と、顔を合わせないこと。
『全部、いつものこと……』
國美は思いながら、不意に心が重くなったような気がした。
早く帰ってこい、なんて思えない。
作品名:むすひなんて、家には要らない。 作家名:文殊(もんじゅ)