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文殊(もんじゅ)
文殊(もんじゅ)
novelistID. 635
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むすひなんて、家には要らない。

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血は見ないだろうけれど、それでも輝彦が辛い思いをするのは嫌だった。
父よりも弟である輝彦をかばってしまう自分に、ため息をつく。
扉の開く音に、肩が上がった。
どうして、今の時間に。
そう思う心はあせりで物事が考えられなくて、心臓は痛いくらい早く鼓動を打つ。
「ただいま」
「おかえりなさい……」
やっとのことで絞り出した声は、震えてないだろうか。
血の繋がっている父親を、まるで恐ろしい人間のようにとらえる自分は最低だ。
頭の中で、國美は『そういえば、輝彦は……!』と思った。

「おかえり」
「あぁ、ただいま」
普通に言葉を交わす二人に、國美は目を疑った。
それどころか、会話は続く。
「誕生日、どこか食いに行くか?」
「あー……。久しぶりに焼き肉でも行きたいかな」
誕生日。
誕生日を、覚えている。
高校生にもなった息子の、生まれた日を。
仕事ばっかりにかまけてるような、父が覚えている。
覚えているんだろうが、思い出したんだろうが、この際はどうだっていい。
とにかく、國美はその一瞬に父の愛を見たような気がした。
『馬鹿、あたし』
國美は自分を、頭にある精一杯の言葉で罵倒した。
誕生日を覚えている父親が、お祝いの食事をしようと言う。
國美にだって言うし、輝彦にだって言う。
口にしなくても、そういえば毎年最低二回はどんなに仕事が忙しそうでも外食に連れて行かれたじゃないか。
これのどこが、イザナギとカグツチのような関係だって言うんだか。
『そうだよ、そうだ』
父と母が二人で決めて産んだ子を、どうして殺すほど憎んだりするだろうか。
いや、國美の頭の中ではそういうふうになってしまっていたけど。
この二人は、違ったんだ。
頭の中で色んなものが複雑に絡んで、離れて、國美は泣きそうな顔をした。
気付かれないように、冷蔵庫を開けて何かをさがすふりをして。
「たまには、いいよね!」
「國美も、焼き肉でいいの?」
もちろんと言うより早く、涙がこぼれる。
卵を握る手がかすかに震えた。
國美は冷蔵庫の方を向いてて二人が見えないのに、微笑んだ。
「良いに決まってるでしょ、アンタの誕生日なんだから!」
やった、と嬉しそうに言う輝彦の声の後ろで、父の笑い声がした。