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二度、告白を。(ふたたび、こくはくを。)

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   * * *

「だまされてたんだよ、リコ!」
 翌日、金曜の放課後。久々に森本君のいない下りホームで、千恵が声を張り上げた。何事かと駅員さんがこっちを見るのも気にせず、千恵は私の両肩を掴んで、また「だまされてたんだよ!」と叫んだ。
「だ、誰に? 正行さん?」
 早くも愚痴を聞く時が来たかと身構える私に、千恵は大きく被りを振った。
「違うったら、高志クン! リコがだまされてたの!!」
「え?」
 私が? 森本君に? 一体何を?
 ひとまず座るよう促すと、千恵は少し呼吸を整えて私と一緒に備え付けのベンチに座った。こんなに取り乱す千恵を見るのは初めてだ。私は戸惑いを隠せないまま、「私?」と問いかけた。千恵の唇がきゅっと結ばれ、眼鏡の奥で悔しそうに目が閉じられる。
「……今日の帰り、聞いちゃったの」
 月曜から金曜の六時まで部活をしている私と違って、華道部に所属し、活動は月曜のみの千恵の帰りは早い。
「何を?」
「上りホームで……T高の男子二人の会話」
 千恵は上り線を使って終点の大きな駅で乗り換える必要がある。私は千恵の行動を思い描きながら言葉を待つ。
「高志クンの苗字って、森本だよね?」
「うん」
「やっぱり……。あのね……」
 そこで唾を飲み込んで、千恵は話を続けた。

『それにしても高志、やるよなー』
『ああ森本か。罰ゲームは告白だけだろ?』
『そのはずだけどー。本気になっちまったんかなー?』
『さあ。取り返しつかなくなった……とか?』
『何にしても、あの子もかわいそうだよなー』
『……でも、これからも目が離せませんな!』
『だな!』

「……罰ゲーム?」
 知らず、拳を握っていた。千恵は自分のことじゃないのに傷ついた眼差しで頷いた。
「そう、聞こえた」
「罰ゲームって……何の?」
「わかんないけど……」
 黙ってしまった千恵に慌てて笑いかける。
「で、でも、直接彼らに問いただしたわけじゃないんだよね?」
「そりゃそうだよ、掴みかかるわけにいかないじゃん」
 少し苛立ちを含んだ言い方に、「千恵が嘘ついてるとは思ってないよ」と弁解する。
「じゃあ、信じてくれるよね?」
「……」
 友の問いかけに私は即答できなかった。千恵が嘘をついているとは思いたくなかった。
 入学式の翌日、お弁当の時間に、いつの間にみんな友達を作ってグループに所属してしまったんだろう、と唸りながらひとり席に座っていた私に、「隣、あいてる?」と気さくに話しかけてくれた千恵。最初は委員長なりの配慮かと思ったけど、それでも構わなかった。馬が合わなければ女子というものはそれとなく離れていくもの。でも六月まで友情は続き、オーキャンまで誘ってくれて、彼氏が出来た報告もしてくれた千恵の行動を、私は義務だとは思っていない。
 異性の友達が出来た私に、彼氏のいる千恵が嫉妬するとも思えないし。でも、森本君が私をだましているとも思いたくない。告白中の緊張感や、それからの放課後の数分間がまやかしだとは……。
 その時、私の脳裏にとある会話が蘇った。
『言った言った!』
『やりやがった!』
 月曜の放課後、森本君が告白して踵を返した後の会話。その時は気に留める余裕がなくて流したけど、もしかしてそれは千恵の聞いたT高二人、つまり森本君の仲間の声だったんじゃないか……まさか。照れた森本君の笑顔が墨で塗り潰されていくような気がした。
「あ、神宮さん!」
 明るい声が私の耳を打つ。反射的に顔を上げただけの私に対し、千恵は勢いよく立ち上がって部活帰りの森本君に詰め寄った。
「森本高志クン、ね? 話があるんだけど!」
「千恵!」
 慌てて千恵を制する。リコ、と小さく非難する千恵に、自分で聞くからと私は訴える。千恵は渋々、でも視線は鋭いまま一歩下がった。
「急にごめんね。この子は友達の加藤千恵」
「あ、初めまして……」
 どうも、とぶっきら棒に千恵が返す。元がきつめの顔つきをしているから、怒るととても怖い印象を人に与える。そんな千恵を隠すように、あのねと森本君に問いかける。慎重に、言葉を選びながら。
「千恵、森本君と同じ上り線で帰るんだけど……」
「う、うん?」
「その時、T高の男子二人の話が、聞こえちゃったみたいで……」
「盗み聞きじゃないからね、言っとくけど」
 キッと眼鏡越しに千恵が森本君を睨む。同じ眼鏡でも全然違う印象だと思いながら、困惑を隠せないでいる森本君に話を続ける。
「あの……それで……森本君……」
 言っていいのか。疑っていいのか。誰を信じればいいのか。私は、何をしようとしている? ごくり、と自分の唾を飲み込む音がやけに大きく聞こえた。
「……あの告白が罰ゲームだったって、……本当?」
 森本君が息を飲み込んだのがわかった。それだけで充分だった。千恵の言葉は正しかったんだ。足がふらつくのを必死に抑える私に、とどめをかけるように森本君が頷いた。
「うん」
 パンポーン。電車が来る合図の音に、平手打ちの音が掻き消された。
「……最っ低!」
 眼鏡がホームに転がる。平手打ちしたのは千恵ではなく私、暴言を吐いたのも私。やった自分が一番驚いている。私は逃げ込むように電車に乗り込んだ。
「リコ!」
 千恵の呼ぶ声が聞こえる。私は振り返ることはせず、背中でドアが閉まる音を聞いた。電車が平常通り動き出し、私はずるずるその場に崩れ込んだ。右手がじんじん痛む。涙が溢れて止まらなかった。

   * * *

 どうやって帰宅したのか定かじゃない。ふらふら制服のままベッドに倒れ込み、暗闇でしばらくじっとしていた。そして期待半分恐怖半分、そっと鞄からケータイを取り出し、電源を入れる。明るくなった液晶に、Eメールが二通来ている旨が表示されていた。一通は千恵から。件名はなく、『話したいことがあるから駅で待ってるね。』という、私の部活中に送られていたもの。そしてもう一通は、私が電車に揺られている頃に送られてきた、森本君からのメールだった。件名は『ごめん』。
『罰ゲームというのは本当です。大富豪でした。賭けも最初は課題の写しとか、ジュースとかだったんだけど、あの日は何を思ったかM高の女子に告白するというものでした。ターゲットはあの角を曲ってきたひとりきりのM高生。巻き込んでしまって、本当にごめんなさい。』
 言い訳がましいとは思わなかった。なるほど、ひとりきりか。部員は大概同じ方向の子と帰っていくから、友達作りが下手で、一人で帰ることが多い私がそこにたまたま通りかかった……というわけか。真実を教えてもらって嬉しかった。頭の良い学校でもトランプ持ち込み可なんだなと変なところで感心もした。
 友達に恵まれなかった、と言っては失礼だろうか。リンゴ酢をおいしそうに飲む森本君が浮かんで、そしてすうっと消えていく。このメールに返信する気力は私のどこを探してもなかった。私は無言でケータイを閉じた。