二度、告白を。(ふたたび、こくはくを。)
* * *
『えぇっ!?』
届いた大声に反射的にケータイを離す。
「千恵、声おっきい」
『ご、ごめん、でも、……えぇ!?』
「信じられないのはわかるけどさー……」
イルカのクッションを膝に乗せ、ベッドでゆらゆら体を揺らす。自宅で帰り際の告白を千恵に報告中だった。最初はメールで報告しようとしたけど、うまく文章が思い浮かばなくて電話してみたんだけど、「もしもし」からいきなり「告白された」はまずかったか。
『だっ、誰に!? どこで!? どうやって!?』
立て続けに質問が降ってくる。今朝の私もこうだったのかな、とひとつひとつ答えていく。千恵の溜息がケータイから聞こえた。
『やるねー高志クンとやら』
「ホント、びっくりした……」
『居合わせたかったぁ、もっと部活が早く終わってればぁ! どこ高?』
「えと、菱形の校章してた。金と臙脂の」
『T高かな? 駅からチャリ通と見た!』
ぐらりときた。T高といったら市内屈指の頭の良い公立の男子高じゃないか。さすがの私も知っている。なんて吊り合わないんだ。こうやって千恵に話しているうちに落ち着くかと思ってたけど、余計混乱しだした。
「……どうしよー……」
『どうしよう、って、返事は? したの?』
「してない。何か言う前に走ってっちゃって」
ふーん照れ屋さんめ、と千恵の呑気な評価。確かに顔真っ赤だったし照れていたのは確かだと思うけど。
『でも良かったじゃん!』
「何がぁ……?」
『リコ、直接告白してもらいたいって言ってたでしょ、朝!』
そういえばそうだった。でも、直接面と向かっての愛の告白がこんなに衝撃的だとは知らなかった。私は今更ながら告白された事実を認識し始める。森本君の顔を思い出して堪らなくなった。
『連絡先は?』
「メモもらった」
『メモ?』
かさ、と左手に持った一枚の紙を見る。告白されて立ち尽くす私に、これ、と急いで渡された一枚のメモだった。『森本高志』とうまくはないけど丁寧な文字の下、メアドと電話番号が記されただけの、殺風景なメモ用紙。私が持つ前からかなりくしゃくしゃだった。
『じゃあ連絡できるんじゃん! した?』
「してない……」
『何で!』
何で、って言われても。気持ちの整理がつかないからに決まってんじゃん、千恵のばか。
『私に電話する暇があったら、早く高志クンにメールでも電話でもしなさい!』
「えぇー、できないよぉ」
『できなくない! 向こうは勇気出して直接リコに告白してきたんだよ!? その勇気かってあげなきゃかわいそうでしょ!』
かわいそうなのは高志クンだけですか、そうですか。見ず知らずの他人に突然告白された気持ちなんてわかりっこないか……と、思ったけどしまった、この子似たような経験してるんだった。道理で説教臭いわけだ。
「何て返せばいいのー……?」
『それはリコの気持ち次第だよ。イエスかノーか』
「そんな、急に言われても……」
『じゃあ、お友達からで、でいいじゃん!』
電話向こうの千恵が息巻くのに反比例して、私は意気消沈していく。模様の何もない、罫線だけ引いてあるメモはノートの切れ端かもしれない。『森本高志』を親指で薄くなぞって、私はひとり頷いた。
「わかった。お友達から、で、にする」
『おお! 善は急げ! 健闘を祈る!』
切られたケータイを前にまた溜息。千恵と違って、私のストラップは中学の修学旅行の京都土産のちりめんストラップひとつだけだ。
メール作成画面にして、メモを見ながらひとつひとつローマ字を打っていく。件名は悩んだ末『神宮です』にして、本文はこれまた悩んで打っては消してを繰り返す。三十分かけて出来上がったメールは、デコレーションも絵文字も顔文字もない、殺風景なものだった。もらったメモの雰囲気にどこか似ている。メモをもらった点は千恵と同じだけど、千恵はこんなに気は重くなかっただろう。深呼吸十回、私はえいやと送信ボタンを押した。
* * *
そわそわする。髪型おかしくないかな、制服ゴミついてないかな、走ると行儀悪いかな、でも待たせちゃ悪いよね、考えては答えの出ない自問自答を繰り返しながら歩いてると、「神宮さん!」と手を振られた。私は部活帰りの直進十メートルを駆け出した。
「待たせてごめんなさい」
「ううん、おれも今来たところだから」
それは嘘だなと思った。確証はないけど。
告白された月曜日の夜、千恵との電話を終えた後森本君にメールをしたら、一分と経たずに返事が来たのでびっくりした。ずっと私からの連絡を待っていたのかと思うと胸が締め付けられた。お友達から、との私の返事を森本君はそれでも喜んでくれた。こうして放課後、電車が来るまでの十数分を共にしていつの間にか三日が経つ。
「今日も部活お疲れさま」
「う、うん」
下りホームへ一緒に入りながら森本君が労う。私はチアリーディング部に所属している。この生真面目な性格を笑顔で吹き飛ばせないかと思って、初心者歓迎の文句を信じて入部したのが四月。入部した一年生は十六人。その大半は幼い頃からバレエをしていたり、新体操をしていたり、運動部出身の子ばっかりで、元文芸部だった私は異端者だった。柔軟体操に泣き、先輩からの指導に泣き、同輩のきらびやかな会話についていけず泣く毎日だ。ノリコという名前なのに波に乗り切れずにいる。今週末は大会だというのに、大丈夫だろうか。
そんな中現れた森本君は、出会いこそびっくりしたけど、いざ接してみれば思ったより気の合う人間だった。交わされる会話は他愛のない雑談だ。やってない問題を指名されたとか、お弁当にたこさんウィンナーが入っていたとか。四月に測った一六二センチの私よりちょっと目線が低い彼は、飲んでいたリンゴ酢の紙パックを駅のホームのゴミ箱へ捨てた。それは三日間同じ動作。私のお気に入りと知っているのかどうかはわからないけど、好物が同じだとしたら嬉しいと思うのは変だろうか。
「おれ、明日部活だからちょっと遅れるかも」
「そうなんだ。何部?」
「情報処理部」
ということは週一回の部活以外の曜日、例えば今までの四日間は、どこかで時間を潰していたことになる。改めて申し訳なくなると同時、ちょっと嬉しくなる自分もいた。
パンポーン、と間の抜けた音がホームに鳴り響き、程なくして右手から電車が現れる。名残惜しいと思うようになったのは二日前。
「じゃあ、また明日」
森本君が微笑んだ。私が使う下り線は森本君の使う上り線より数分早い。ドアが閉まってから手を振ってくれる森本君に、電車の中から私も手を振り返す。がたん、と動き出す電車の窓から、私の乗った車両をしばらく見つめて上りホームへの階段を昇って行く、森本君を目で追う。
異性のお友達って、こういうもの? 彼氏との境界線がわからないまま、私はなんとなく笑顔で今日も電車に揺られる。神宮則子、初めての異性のお友達に戸惑い気味です。
作品名:二度、告白を。(ふたたび、こくはくを。) 作家名:斎賀彬子