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二度、告白を。(ふたたび、こくはくを。)

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   * * *

「――……さん、神宮さん」
「神宮則子!」
 大声に夢から覚めたように顔を上げる。隣の子が「問4だよ」と教科書を指差そうとするも、数学の教科書は授業とてんで違うページを開いていて、私は慌ててページを捲くる。先生が呆れたように壇上で教科書を置く。
「どうした、ぼーっとして」
「す、すみません……」
「試験も近いんだからな、しっかりしろ。問4、曽根」
 はい、と私の後ろの子が問4の答えを述べる。私は隣の子にごめんねと小声で謝り、授業のページを開いた教科書へ溜息を落とす。
 あれから二日が経った。森本君から連絡はなく、千恵は土日は何も連絡せず、月曜の今日の朝一、「大丈夫?」と心配そうに声をかけてくれた。「大丈夫」とその時は答えたけど、全然大丈夫じゃないっぽい。三時間目、先生にフルネームを大声で呼ばれる程、指名を無視してたみたいだし。
「……」
 フルネーム。ふと先週の今日の告白が蘇る。
『神宮則子さん、ですよね? おれ、いや、ぼく、森本高志っていいます』
「……あっ!」
 ガタンと椅子が音を立てた。先生始め、教室中の視線が私に向けられる。
「どうした? 問4の答えならもういいぞ」
「早退してもいいですか!?」
「……はあ?」
「いや、私が早退しても向こうは授業中だから、……えと、ケータイ使っていいですか!?」
 先生は盛大な溜息の後、「取り上げられたいのか?」と冷静に尋ねた。私は正気を取り戻し、「いいえ」としずしず席についた。机の影でケータイを使えない、名前の通り規則に従い続ける世渡り下手な自分が嫌になった。

   * * *

 その日、私は初めて校則違反をした。校内である部室で、ケータイの電源を入れたのだ。きっとこれが最初で最後になるだろう。
 そして大会前にあるまじき、先輩のお叱りも耳に入らない程、上の空で部活をこなし、挨拶もおざなりに私は帰り道を急ぐ。最後の角を曲った時、見慣れた背格好の男子が立っていた。
「……森本君」
「……神宮さん……」
 部活前の慌しい用意の中、急いで打ったメールの送信先の森本君が、私を眼鏡越しに見つめた。息を整えながら私は距離を縮める。
「呼び出して、ごめん」
「ううん……もう、会えないと思ってた」
 沈黙が落ちる。あの、と二人が同時に切り出し、先どうぞと二人して譲り合う。私は更に沈黙した後、口を開いた。
「この前は……ごめん。痛かったでしょ?」
「いや、当然の報いだし……」
 当然の報い。森本君の言葉を内心否定する。
「あの告白は、罰ゲームだったんだよね?」
「……うん。本当に、」
「でも!」
 ごめん、と続けようとしたんだろう森本君の言葉を遮る。私は自分の考えが外れてるんじゃないかと自信を失いつつ、続けた。
「でも、――何で私の名前知ってたの?」
「……!」
 森本君が肩を震わせた。そして急に挙動不審になり、もごもごと唇を動かす。眼鏡を上げ下ろしする様を見て、私の驕った予想は外れていないかもしれないと思い始める。
「そ、それは……」
「……リンゴ酢は、偶然?」
「!」
 森本君はわたわたとその場で足踏みし、頭を掻く。そして、観念したように項垂れた。
「……四月、部活の帰りだった。向かいのホームで、神宮さんを見つけたんだ」
 上り線の森本君と下り線の私。私は向かいのホームなんて見ても気に留めたことなんてなかったけど、彼は違ったようだ。
「一目惚れ、っていうのかな……。しゃんと背筋を伸ばした姿が、すごく印象的で。それからわざと帰る時間をずらして、部員さん、かな? お友達から呼ばれてるのを聞いて、名前を知って。それからずっと、向かいのホームで待ち続けて、見送って……」
 ストーカーみたいでごめん、と縮こまる森本君は子犬みたいだった。私は隠されていた真実をじっと聞く。
「罰ゲームの条件を聞いたとき、正直チャンスだと思ったんだ。利用しようって。おれが言わなきゃ罰ゲームだなんてバレないって。それでおれは大富豪でわざと負けて……。でも、おれ以外にも喋る奴はいたんだよな……」
 苦く笑う森本君の脳内には、一緒に大富豪をした二人の顔が浮かんでいるんだろう。
「リンゴ酢は、朝、あそこの自販機で買ってるの見て。不思議だね、前、罰ゲームで飲んだときは酸っぱかったのに、今じゃすごく甘く感じて……。だから偶然じゃない、です」
「……そっか」
 駅の駐車場にある自販機、そこで私は毎朝リンゴ酢を調達している。いつ見られていたんだろう、とはこの際問題じゃなかった。
「……森本君」
「はいっ」
 びっといつかみたいに背筋が伸びる。こんな取り得のないと思っていた自分を高評価してくれる人がいたなんて、心から嬉しかった。
「……好きになってくれて、ありがとう」
 途端、森本君の表情が暗くなった。しまった、これは一般的にお断りの文句じゃないか。私は慌てて「違う違う」と首を振って、指同士を意味なく絡めて口ごもる。驕っているのはわかってる。でも、これだけは譲れない。
「もう一度。……あの言葉、言ってもらえないかな? 罰ゲームなんかじゃなくて」
 私のお願いに、森本君は顔を真っ赤にさせた。「リコ!」と後ろから声が聞こえた。部活帰りの千恵だ。でも振り向けない。何故なら目の前の彼の真摯な眼差しに射止められているから。
 森本君が大きく息を吸った。
「――好きです。おれと、付き合って下さい」