灰色の世界
今日は明るい夜です。
少しお腹が痛くなってきました。ご飯のせいでしょうか。
夜は深まり、そこかしろから寝息が聞こえます。他の音は何も聞こえません。
向かい側の部屋を見ると、灰色の長い毛のおばあさんが壁を背にして寝ていました。尻尾を二回振り回し、鼻の上にかぶせているところです。
丁度おばあさんが寝ている位置に、コータくんの作ったシミがあります。掘った後もあります。そして、あのおばあさんの爪痕も。
僕の部屋の隅にも爪痕はあります。僕と兄弟達で残した爪痕です。僕たちはその場所が大好きでした。
昼寝をするのも、じゃれ合うのも、お母さんのおっぱいを吸うのも。
窓を見ると、夜の色が濃くなり、月が一層映えていました。
もうそろそろ朝です。
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その時期、死んだ緑が窓からひらひらと落ちてきていたと思います。彼らの死体は、数日のうちに、廊下から逃げるか、部屋の隅に身を寄せ合って動かなくなります。
隅っこに集まった彼らは、地面の冷気から僕たちを守ってくれます。お母さんはそこに、一日中寝そべっていました。
お母さんは、ある時期を境に目を開けなくなっていました。
身体のお手入れもしなくなりました。代わりにお母さんの乾いた鼻を、僕が舐めてあげたり、毛づくろいをしてあげていました。
時折、お母さんが目を閉じたまま僕に話しかけることがあります。決まってこう言います。
今日は、どんな楽しいことがあったのか、と。
そんなとき僕は、突然やって来た来訪者の話や、向かい側に住み始めた奇妙な住人の話、窓から入ってくる光の匂いを教えてあげます。
お母さんは、暗闇が嫌いです。隠そうとしているみたいですが、息づかいも荒いし尻尾の半分下がっています。バレバレです。
だから僕は、夜に会話をするときは、今日は明るい夜だよ、と言います。そうすれば、お母さんは落ち着いた寝息をたてて、ぐっすりと眠れます。僕はお母さんのことを助けられる、立派な大人になっていたのです。
ある日のことです。その日はいつもと変わらず、窓からは木と太陽の光が僕たちを覗き込み、定期的に風が鳴いていました。堅い灰色の壁と地面は冷たく、足先から肘のあたりまでがかじかんで、痺れるような感覚がありました。