灰色の世界
ですが、そのことが僕の価値観を大きく変えました。
その夜、僕はお母さんとコータくんからの視線から逃げるように、部屋の隅に丸くなって寝ました。
あの時聞いた音は、今でも鮮明に思い出せます。
足の裏から徐々に体温が抜けていき、全身の毛がごわごわしました。あの音と、鋭く甲高い風の泣き声が手に手を取り合って、耳に入り僕の心臓をたたき起こして出て行きました。
檻の外の廊下は直線の一本道で、夕方になると奥の方は全く見えなくなります。廊下にある六つの部屋のうち、三つは暗闇に消え、朝まで出会うことはありません。
三日目、コータくんを見た最後の日。今日という日でない限り、絶対に思い出したくない記憶。
過去、頭の中にちらりと記憶の断片が映像となって、意識の右端から左端まで横切ることは何度もありました。頭を振って、大きな声を張り上げて、ご飯を食べて、どうにか紛らわしてきたはずなのに。
今日は特別な日です。思い出が蘇る度に、世界が広がるかのような気分になります。
三日目。向かいの部屋からの引っ掻き音と生臭い匂いに包まれて、僕は起床しました。
既にコータくんは別じんになっていました。
部屋の隅に爪をたて必死に穴を掘っていましたのです。地面は僕たちの爪なんか歯が立たないくらい固いため、コータくんの爪は二枚も剥がれていました。部屋中に体液が散らばって……。
いつまでも穴を掘ることはできません。コータくんも疲れが出て、次第に身体中が痙攣していきました。
すると、彼は掘ることをやめ、次は大きな悲鳴をあげはじめました。お父さんのこと、お母さんのことメグミのことを呼んでいたのでしょう。
コータくんには彼らの思い出しかないのですから。
透き通るような男らしい声はしゃがれ、悲鳴は数分に一度止まり、血を吐く。その後は穴を掘る、の繰り返し。
ご飯の時間まで続きました。
夜になると、廊下の奥から順に、怪獣がご飯を配って回ります。
その日コータくんの部屋には、僕たちのご飯とは違う、ご馳走が配られました。柔らかくて脂ののったご馳走です。
コータくんは、視線を一度ご飯に向けて、壁の隅へと移動しました。
暗闇の中に、ぽっかりと黒い穴があきました。
僕は、水気のないカリカリのご飯を食べながら、彼の残したご飯をどうすれば食べられるのか、夜も寝ずに考えました。