灰色の世界
名前とはひとりひとりにつけられて個体を識別するために使うのだそうです。外には数え切れない数の仲間がいて、名前がないと誰が誰に話しかけているのか分からなくなる。とコータくんが教えてくれました。
怪獣にも「お父さん」「お母さん」「メグミ」という名前がついていて、彼は怪獣からコータという名前をもらったそうです。群れの一員として認められたんだと、彼は誇らしげに語っていました。
名前をもらってからは、外を探索するとき、朝夕のご飯のとき、一緒に狩りの練習をするとき、「コータ」と呼んでもらえたのだそうです。名前を呼ばれると、どんな楽しいことが始まるんだろうと、胸が高鳴っていたそうです。そんなときは決まって部屋中を走り回る、と彼は言っていました。「お父さんたち」には僕たちの言葉は通じないから、そうやって嬉しい気持ちと感謝の気持ちを伝えたかったのだそうです。
彼にとって「お父さん」は、群れの仲間であり同等な存在で、「お母さん」は守るべき存在なのだそうです。
お父さんはコータくんのために、自分の寝床の一部を提供してくれ、お母さんはコータくんのご飯を用意してくれるそうです。
群れの中でのコータくんの役割とは、外的から仲間を守ることだ、と言っていました。テリトリーに入る部外者を威嚇し、何人も追い払ったのだと、彼は自慢していたものです。
そう語る彼の目は、窓の外を見ていました。窓の緑が剥がれ落ち、その隙間から月の光が僕の部屋を通り抜け、コータくんの周囲を、薄ぼんやりと照らしていました。暗闇の中、時折彼は大きく息を吸いながら膨らみ、一気に空気をはき出すと、雲が生まれました。
雲が月明かりを遮り、コータくんの顔が隠れると、不安になったものです。
二日目、彼は一日中檻の前に立っていました。視線は廊下の先に向いていました。
昨日まで潤っていた目は、乾いて灰色になっていました。しきりに耳を動かしてはいましたが、尻尾も鼻も僕たちが感情を表す全ての部分が、元気をなくしていました。まるでその日突然、人見知りになったみたいに動かなくなったのを覚えています。
何故何もせずつっ立っているのか尋ねると、彼は気づかないのかと、逆に僕に質問を投げかけてきました。
確かその時僕は、彼の姿をまねてドアの前に立ちました。ちょっとした遊び心です。興味を惹くために臭いを嗅ぐのと変わりありません。