灰色の世界
なっちゃんは確信を持っていたのです。何度も呼べば絶対に「お母さん」が来てくれると信じていたのです。だから、三日間も呼び続けたのでしょう。
とはいえ、これは僕の想像で実際には、どう思っていたのかなんて分かりません。もう僕にはなっちゃんに会う方法も、時間も残っていないのですから。
3
その時期、僕の毛はたくさん抜けました。ヒンヤリとした床に落ちた毛を一本一本丁寧に舐めて部屋を綺麗にしようとした――けどうまくいかなかった思い出があります。そこまでする必要はないのに、とお母さんは呆れた顔で僕の掃除する姿を見ていました。
窓の外の木は少しはげて、灰色の空が見えるようになりました。空が灰色になると、僕の体調も悪くなるようでした。気分が悪くて仕方がないのです。
僕の身体には茶色と白のしっかりとした毛が生え、体格も大きくなりました。お母さんと同じくらいの大きさです。
お母さんは、もう子供が作れるのだ、と言いました。そして立ち上がって僕の身体のお手入れを手伝ってくれました。今までは僕がお母さんのお手入れを手伝っていました。その日からは、僕とお母さんの役割が変わったのです。
そういえば、向かい側の部屋の住人も様変わりしました。もう何十にん目になっていたのか覚えていません。数え切れないほど。本当にたくさんのひとが世界からお引っ越しをし、たくさんのひとが新しく暮らし始めたのです。
向かい側の住人のみなさんの中でも、印象深かったのはコータくんです。コータくんは、僕が会ったどんなひとよりも若くて逞しく見えました。艶やかな真っ黒い毛に覆われたしなやかな身体。体格は僕の二倍以上ありました。
コータくんと初めて会ったその日は、とても楽しかったのを覚えています。僕がお母さんと兄弟以外で、初めて会話をしたひとだからです。
でも最後の日は、とても苦しかったのを覚えています。
だから、わすれられない思い出になったのです。
コータくんがここに来たのは、風の強い日でした。窓から風が容赦なく遊びに来るので、僕はお母さんと背中合わせになって暖をとっていたのを覚えています。
コータくんは骨みたいな怪獣に連れられて来たました。静かな廊下に響く爪の音は、僕の息づかいと同じようにゆっくりと落ち着いたものでした。
僕が彼のことが気になったのは二つの理由からです。