灰色の世界
僕は勇気のある子だったので、木にだって全力で立ち向かいました。尻尾に思い切り力を入れて、震える腰を押さえて、それから大きな声で吠えます。怖くて怖くてたまりません。腰が抜けてしまうことだってありました。でも絶対に惹きません。後ろには弟と妹がいるのですから。
一番小さな弟は、その音が大嫌いでした。木の声を聞くと、弟はピンと立った茶色い耳を、左へ右へ上へ、と何度も何度も動かすのです。そして震える腰を引きずりながら、お母さんの身体の下に隠れます。男の子なのに頼りないのです。
でもお母さんは、怖がる弟を木が落ちつきを取りもどすまで、ずっと舐めてあげていました。
僕もお母さんに甘えたかったのですが、それはできませんでした。動けないお母さんの代わりに、僕が家族を守らなければならないと思っていたからです。
――でも、弟たちがいなければ僕は、もっとお母さんに甘えられるのに。そんなことも考えていました。
僕が、そんなことを考えたからでしょうか。
窓の木の緑が黄色になったころ、一番下の弟はいなくなりました。
その日、僕たちの部屋に大きな肌色の怪獣が入ってきました。とっても脂っこそうな怪獣です。いつもご飯をくれる骨みたいな怪獣も一緒でした。
脂っこそうな怪獣は、ひどく興奮した様子で、高い声で鳴くものだから耳が痛くてたまりません。
だけど、何故でしょう。脂っこい怪獣が敵だと、僕は思いませんでした。
脂っこい怪獣は、木なんかと違って意地悪することもないし、足元で走り回る僕たちを優しく撫でてくれたのです。怪獣に抱っこされるとお母さんに包まれるのとは違う、不思議な感覚になったのを覚えています。なんだか腰がポカポカするんです。それは、弟たちと一緒に遊んでいるときや、ご飯を食べているときにも感じる感覚です。
最後に怪獣達は部屋を出てるときに一番小さな弟を抱き上げて、そのまま部屋から出て行ってしまいした。怪獣に抱かれながら、期待に満ち満ちて嬉しがる弟の姿が今でも思い返せます。
それが弟を見た最後の日でした。
それから怪獣は、僕たちの目の前に何度も現れました。毎回違う怪獣で、酸っぱい臭いのする怪獣や、五月蠅くて小さな怪獣、腕の横に柔らかな果物がふたつ生えている怪獣までいました。
ただ、どんなに違う怪獣が来ようと、兄弟がいなくなることには変わりありませんでした。