灰色の世界
一応、僕はケンさんの顔を舐めました。ケンさんは僕のお尻を舐めました。僕たちはそれで仲直りできます。
それから残り少ない時間をふたりで過ごしました。
ある日、怪獣が僕たちの部屋の中にやってきました。ケンさんが部屋を抜け出したときから、一度もなかったことだったので非常に驚きました。
しかも、怪獣は僕を優しく抱き上げて部屋の外へと出してくれたのです。
連れてこられた場所は、青臭い匂いのする地面と、周囲を真っ白な壁で覆った部屋でした。おいしそうな匂いも漂っていました。
柔らかいしたオモチャで遊び、おいしいご飯を食べて、暖かい寝床で眠りにつきました。
怪獣は、グループのリーダーのように僕の目を見つめていました。
再び部屋に戻ったときには、ケンさんはいなくなっていました。
ケンさんとはそれっきり会えませんでした。
それから一ヶ月間、僕は毎日ケンさんのことを呼びました。廊下の奥にケンさんはいるかもしれません。窓から声が届くかもしれません。
外に出ようと、ケンさんを追いかけようと必死に地面を掘りました。
爪が一本外れるごとに激痛が走り、鉄臭い匂いが部屋に充満しました。一番太い爪が剥がれた日には、思わず悲鳴をあげてしまいました。熱くて熱くてたまりません。全身の体液が、はがれた場所から出ていくような気がしました。
でも、掘ることをやめてしまえば、もうケンさんに会えない。そう思うと、僕はいくらでも穴を掘れました。
5
今日は明るい夜です。日の出はもうすぐやってきます。
昨日の夜、怪獣が置いていったご飯が、ドアの前にぽつんと置いてあります。
お母さんも、弟たちも、コータくんも、ケンさんも、みんなみんないなくなりました。ひとりぼっちは寂しいです。
爪も無くなりました。声もでなくなりました。もう僕に残されているものはありません。
(今のうちに大切なものをたくさん用意しておくんだ。お前が年取ったときに思い出して楽しめるものをたくさん。つらくなったらそれを思い出せばいい)
もう無理です。何もありません。今日は全ての記憶を辿りました。楽しめる思い出はほとんどありません。ケンさんだって僕の前からいなくなったじゃないですか。