灰色の世界
言われるまで考えたことがありませんでした。窓から見える景色がもっと広がればいいのに、窓がもっと大きくなればいいのに。そんなことばかり考えていました。
魅力的ではありました。外の世界がです。
お母さんが昔暮らしていた、弟たちが今住んでいる、外の世界に行けるのです。広大で色鮮やかだと聞いています。お母さんが好きだった赤色もみれるかもしれません。
ですが、外に出る方法が分かりません。
そうケンさんに言うと、策は俺が持っている、と自信満々に言っていました。
決行の日を思い出すと、今でも胸が痛みます。もし、あの日僕に勇気があれば今とは違う幸せがあったのかもしれません。
その夜も怪獣――ケンさんに言わせるとニンゲンという生き物――がご飯を配っていました。砂と地面が擦れる音がリズムよく流れ、ご飯の配っているときは一時停止。そして、また音が流れる、の繰り返しです。
音が近づくにつれてケンさんの毛は逆立っていきました。耳は常に怪獣の気配を追っていました。僕もそれにつられて全神経を怪獣に向けていたことを覚えています。
ケンさんは――ニンゲンはお前にだけは警戒心がない。ドアを開いたら奴らの足を抜けて部屋から出るんだ。その後の道は俺が全部覚えている――と言っていました。
何度も何度も足を抜けるイメージを頭に描きました。そして、外に出たあとのケンさんと過ごす時間がどんなものかを。
あの時、予想通り怪獣は、僕たちの部屋のドアを開けました。
足の下を抜ける、そう思い腰に力を入れたときでした。木が突然大声で唸り、裂けるような大きな音を立てたのです。
僕はたまらず後ろを向きました。眼前には普段と何も変わらない灰色の壁と窓があったのを覚えています。
一番悲しかったのは、再び前を向いたときケンさんがいなくなっていたことです。怪獣は僕を部屋に置いてドアをしめ、ケンさんを追いかけていきました。ひとりぼっちになりました。
次の日、ケンさんは帰ってきました。怪獣に首根っこをとられて戻ってきたのです。
毛はボサボサになり、顔は少し疲れているように見えました。確か、袋に詰め込まれて乱暴に運ばれたから身体中が痛い、とか言ってたと思います。
ケンさんは僕のことを責めませんでした。ただあっけらかんと笑って、早く飯こねぇかな、と冗談を言うだけです。