はじかみカレー
「どうせ夕飯ろくなもの食べてなくて、腹減ってんじゃないですか?」
あがってくださいよ、俺の部屋なんで。
そう言って文句を言おうとする政谷より先に、部屋の主としての権限を使った神谷に内心下を巻きながら宮田は靴を脱ぐ。
『あぁ、そっか。政谷は、カレーで怒ったんだった』
宮田はのんびりと考えながら、部屋に入る。
カレーの香りが漂う空間は、二人が同居している部屋を思い起こさせる。
もちろん、昨日政谷が一般人とは思えないような目つきで宮田を睨んで、カレー鍋と鞄を持っていなくなったこともである。
「政谷、腹減った」
「お前に食わせるものはねぇよ!」
そう言いながらお湯を沸かしているところを見ると、飲み物を出す気ではあるらしい。
『妙なところで、律儀な奴だ』
笑ってやりたいところだが、笑うと先に進まないのは目に見えているから、と宮田は無表情のまま続ける。
「大体よ、なんで急に怒ったりしたんだ」
瞬間、政谷は信じられない物を見るような顔つきになり。
神谷は顔を覆った。おそらくは、失言を掌の中で笑っているのであろう。
「お前が俺のカレーを『辛いだけ』って言ったからだろうが!」
青筋を立てながら、紅茶を淹れる前のカップを宮田の目の前に突きつける。
「誰もよ、喰わねぇなんて言ってねぇだろうが」
「言ったっつーの!」
二週間前の飲み会の次の日の朝に俺に向かって逆ギレして言った、と丁寧にいつのことだったかまで付け加えて言う政谷。
笑いをこらえきれずに肩が完璧に揺れている神谷を横目に、宮田はだから、と言う。
「反省して食おうとしたけど、辛くねぇってお前が言うより先に鍋持って出てくから悪ぃんだろ」
「はぁ!?」
徐々に苛立ちを見せる宮田に対して、政谷が怒鳴ろうとするその時、やかんが音を立てる。
「お湯湧いたみたいだけど、政谷」
だいぶ落ち着いたのか、何でもないことのように神谷がやかんを指差す。
「知ってるっつーの!」
足音荒く、とはさすがにいかないのか頭を乱暴に掻きながら火を止めに行く政谷の後ろ姿を見ながら宮田がため息をつく。
もうひと押しくらいしてやったほうが良いか、と神谷は立ち上がって政谷の傍まで行き一言。
「俺、寝るから。静かにしてくれ」
「は?」
現在の時刻、九時過ぎ。
大学生が寝るような時間では、通常はないような時間である。