はじかみカレー
それを「仕方ねぇな、お前は」なんて母親のようにやってくれる兄と一緒に住めるなんて。
母を早くに亡くして姉も祖母もいない家、父はあくまでも父であり続ける姿勢をとった。
女手の役割を担った政谷に対して、未だ甘えが抜けない神谷は急に弟というか子供らしい笑顔を見せる。
「……俺は、嬉しいな」
「おい、急に何言い出してんだよ」
「辛いのも、まろやかなのも、普段喰わないようなのも、カレーじゃないのも」
政谷の料理は、全部好き。
そう口にすると同時に、政谷の携帯が鳴り響く。
「出ないの?」
「お前、ちょっと俺風呂だって言って」
携帯を押しつけてどこに行くわけでもなく、そのまま目の前で宮田との会話を聞くつもりらしい政谷は腕を組む。
『久城、開けろ』
「……えぇと、俺は政谷じゃない方の久城ですけど」
『あ? あいつまた人に電話させてんのか。おい、弟君部屋のドア開けてくれ』
「いいですけど、修羅場になんないでくださいね」
『お前の兄貴と修羅場になったら、俺の体がもたねぇよ』
「確かに」
静かに笑って立ち上がると、政谷が目を丸くして神谷を見るが気にせず部屋の扉を開ける。
携帯を耳に当てたまま、背の高いヒゲの生えた男が立っている。
宮田と神谷は一応、政谷を通しての顔なじみである。
政谷の弟である神谷と、政谷の同居人である宮田の間には暗黙の了解がある。
政谷と何かあった場合に相手から頼られたなら、最大限の協力をすること。
これは主に宮田の方が世話になっている約束だが、神谷は一度これに大いに助けられた。
だから些細なことで怒る政谷と、昔のことを気にする性質の宮田のどうでもいいような喧嘩や揉め事の間を取り持つ。
たとえこれから神谷が約束に世話にならなかろうと、違えるつもりはなかった。
「政谷、帰るぞ」
「はぁ!? てめぇご都合主義もいい加減にしろ!」
どうせ飯作る奴がいなくなってめんどいだけだろ、と顔をしかめて政谷が言う。
神谷はよく疑問に思うのだが、これほどまでに喧嘩や揉め事を起こす二人が暮らしているのはなぜだろうか。
以前宮田になんとなく聞いたのだが、これという答えが返ってこなかった。
『手のかかる二人だな……』
悪かったって、誠意が感じられねぇ、だのというやり取りをする二人を見ながら神谷が口を開く。
「宮田さん、兄貴のカレー美味かったっすよ」
「おい、神谷……!」
「カレー?」