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文殊(もんじゅ)
文殊(もんじゅ)
novelistID. 635
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はじかみカレー

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「……どうせ、辛いだけなんだろ」
せっかく作ったカレーを見て、目の前の男はそう言い放った。
それで気分が悪くなった政谷は、鍋を持って鞄を持って、部屋を出た。
昨日のことである。
そのカレーは昨日の夜、今朝、そして夕食に政谷と弟の胃に入る。
「人がせっかく作ったカレーを、辛いだけだとか言いやがって……!」
「それは多分、この前のカレーが悪いんだろ」
冷静な弟、神谷の言葉を聞いて政谷の眉間に思いっきり皺が寄る。
神谷は兄の表情を大して気にもせず、「おかわり」と皿を差し出した。
「あれは、あいつが喰うと思わなかったんだよ……」
この前のカレー、確かにそれは原因ではある。
せめてもの言い訳をしながら、神谷の皿を持って政谷は立ち上がって鍋の方へと歩いていく。
政谷が同居人である宮田のサークルでの飲み会の日に、自分のために作ったカレー。
辛いものが大好きである政谷は特別にハバネロパウダーを加えた刺すように辛い、と一般には思えるカレーを作った。
比較的辛いものが平気な神谷も、さすがに水を共に汗を流しながら食べた一品である。
まずくはない、というかむしろ美味かった。
しかし、それは宮田には刺すように痛い何か、としか捉えられなかったのだ。
次の朝、テーブルの上にある皿に思いっきり残ったカレー。
それについて政谷が怒ると、逆に怒られた挙句に宮田はこう言ったらしい。

『もう金輪際、お前の作ったカレーは食わん』

料理が趣味で、特にカレーパウダーを自分で作るのが好きな政谷は我慢できずに昨日カレーを作ったのだ。
荒い気性の割に珍しく我慢して気を使って、甘口唐辛子で作ってまでどうにか食べてほしかったらしく。
言葉も荒いが、一応謝った。
「それだってのに、『どうせ、辛いだけなんだろ』!」
思い出してまた腹が立っているのか、神谷の皿に山盛りにルーを注ぎ足していく。
もう二度と戻らねぇ、と呟きながら皿を手渡す。
「じゃぁ、俺と一緒に住むの?」
「それ以外にあると思ってんのか?」
顔にこそ出さないが、神谷にとってこれほど好都合なことはなかった。
料理が趣味で、サークル活動もさほど盛んではない兄との共同生活は願ったりである。
サークルは飲み会などの面倒事に顔は出さないが、試合やら何やらで忙しく。
家のことは、比較的ほったらかしになってしまう。