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ファンタジスタは闇を抱く

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「監督の優勝宣言は言い過ぎかもしれないけど、ケータさんの言うとおり、ベスト4なら充分狙えると思いますよ」

「エメ、それは違うぞ。“狙う”じゃない。“間違いない”と言ったんだ。狙うのは、常に優勝だ。ベスト4を狙うってことは、準決勝で負けますと宣言してるようなもんだ。我々を応援してくれてるサポーターが望んでいるのは、常勝。全勝だ。我々はそのために全力を尽くさなければならない。そんなうわついた精神では、スタメンから外されるぞ」

ケータの言葉に、エメは肩をすくめた。

フクは二人を交互に見ながら、こう言いたい気持ちを必死に抑えていた。“間違いなく優勝するんだよオレたちは。狙っていようが、狙っていまいが”



“オレたちは、この大会で優勝する。それはもう決まってることなんだ”



−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−



「決勝戦は、延長戦前半でフクが一点決める。そのまま守り切って1対0で試合終了」

それが協会から与えられた今日のシナリオだった。

今日もシナリオ通りに試合が運ぶことは間違いないだろう …… 延長戦後半も半分を過ぎた頃、フクはそう確信していた。

予選リーグ開始からフクは、八百長の片棒を担いでいることを頭から消し去ってプレイしていた。そうすることが、何も知らないサポーターたちに対するせめてもの誠意だと思っていたからだ。協会の作ったシナリオは毎試合与えられた。試合直前に呼び出された自分だけに渡されるシナリオを、フクはことごとく無視し続けた。「3対2で勝つ」というシナリオの試合で5対0で勝つこともあった。どうせ全試合勝つのだ。全力を尽くしたとして大した問題もない分、自分はまだ気楽なほうだと感じていた。
決勝トーナメント以降は、名だたる強豪国が出揃う。「2対1で勝つ」ことが決まっている試合では、相手国も2点を献上した後は自らのプライドに賭けて全力で守り抜く。シナリオで指定された時間帯通りに必ず得点を決めてくる。フクと同様ファンタジスタと呼ばれる一流選手たちばかりのチームが相手なのだ。決勝トーナメント以降、フクはシナリオ以上の得点を奪うことも、シナリオ以下の失点に抑えることも、先週行われた準決勝まで一度も成し遂げることはできなかった。

そしておそらく、この決勝戦もシナリオ通りに終わるのだろうとフクは直感していた。

前半も後半も、フクには何度となく得点チャンスがあった。フクは全力で得点することに努めてきたが、その全てを相手のオレンジのユニフォームたちに潰されてきた。
延長戦前半に入り、彼らは簡単にフクの得点を許した。一様に頭を抱えて悔しがっているフリをしている彼らが、フクには自分を嘲笑っているように見えた。
フクの思惑など、彼らはとっくに分かっているのだ。分かった上で、フクを完膚なきまでに抑え込む。シナリオ通りに試合が終わることで、彼らは実は“勝っている”のだ。
狂喜して飛びついてくるチームメイトたちに、フクはもはや愛想笑いさえ上手くできなくなっていた。



「……とっくに負けてるんだよ。オレたちは、決勝トーナメント一回戦の時点で、もう敗退してるも同然なんだ」
フクは周りを気にせず、そんな独り言を漏らした。決勝トーナメント以降、全試合でシナリオ通りの得失点で抑え込まれている。ゲームを支配しているのは常に相手国だった。それは負けということだ、とフクは考えていた。



延長戦の後半、時計はロスタイムに入る。残り2分。

小気味いいリズムに乗ったサポーターたちの応援は疲れを知らない。スタジアムを包む熱気と声は90分間途切れることがない。



フクは弟のことを考えていた。弟とはあれから一度も連絡を取り合っていない。フクがこのスタジアムに来ているのか、自宅でテレビ観戦しているのかさえ知らなかった。

…… なあ、お前もこのオレンジ野郎たちと同じように、オレを嘲笑ってるのか?
この世界最大の茶番劇が終われば、オレはたぶん国の英雄になる。全国民がオレの名を知る。そうしてまた、いつもの国内リーグに戻っていく。その全ての過程をお前は笑うんだろうな。何が“セカイにクサビを打ち込む”だよってな。“セカイに飼いならされてる”だけだろってな。だけどな、言い訳はしたくないけど、オレはその努力はしてきたつもりだ。現時点ではまだ、ちょっと実力が足りなかっただけだ。



クリアミスのボールが、フクの足もとに転がってきた。



…… 言い訳なんかいらないか。分かったよ。今できることをする。今できる方法で、セカイにクサビを打ち込んでやるよ。



フクはボールを軽くマイナス方向へ折り返した。その、誰もいないスペースに転がっていくボールに、オレンジのユニフォーム、相手国の選手が2人集まってくる。

フクもそのとき、すでにボールめがけて駆け出していた。

三人が同時にボールに集まるのを観ていた111万人が次に目撃したものは、亡霊のように二人の人間の身体をすり抜けていくフクの姿だった。
気が付けば、振り返る二人の背後でフクはドリブルを始めていた。


フクは自軍のゴールへ向かって、ドリブルを始めた。



この異変に、地球上で最初に気が付いたのは、青のユニフォームのチームメイト。ピッチ上の10名だった。誰にもボールを渡さずゴールへ向かうその一点集中した鷹の目を、彼らは何度も見てきた。この鷹の目になったとき、ボールがフクの元を離れるのはゴールに吸い込まれたときだけだということもよく知っていた。ただの一度も例外はない。
今までと違うのは、フクが狙う対象が敵側ではなく、自軍のゴールだということだ。

「止めろ! 全員でだ!」

やや遅れて異変に気付いた監督の指示が飛ぶ。

青のユニフォームとオレンジのユニフォーム、入り乱れてフクに襲いかかる。
小気味いい両軍サポーターの応援が徐々にフェードアウトしていく。一瞬、誰も気付かない程度の完全な沈黙を挟み、怒涛のごとくブーイングが始まった。自国からも相手国からも容赦なく浴びせられるブーイングに、選手たちの聴覚は麻痺した。

…… ちょうどいい。今まさに、セカイ中がオレの敵という訳か
向かって来る選手たちを肩で、手で、その脚力で次々と捌く超スピードの中で、フクの顔は穏やかな笑みを浮かべていた。

…… ハジメ、お前も観てくれてるだろう? そりゃ、こんなことをしたって、きっと結果は変えられないだろうとは思ってるよ。このままゴールを決めて同点で試合が終わったとしても、結局はPK戦でオレたちが優勝することになるだろうからな。それに、オレ自身もタダじゃ済まされないだろうな。でも、これが今のオレにできる“セカイにクサビを打ち込む”なんだよ。だから約束してほしい。お前もそんな馴れ合いな執筆活動なんかもうやめて、その小説でセカイにクサビを打ち込んでくれ

ペナルティエリア手前まで突き進んで来たフクの眼前には、あと二人。
キャプテンのケータ。あとはゴールキーパーだけだ。

ケータは低く身を屈め、両腕を肩幅で構えていた。
そのまま正面突破を図ろうとするフクに集中する。
「お前をサッカーのルールで止められるとは思ってねえよ」