獏の見る夢
見なれた一室。聞き覚えのある声。
「兄さん! 頼むよ! 兄さん!」
「……。帰れ」
「どうしてだよ! 兄さん! 三百万でいいんだ! それで俺も、俺の家族も! 会社も! みんな助かるんだよ!」
弟が俺に縋りついている。
自分の都合で出来た借金を俺に肩代わりしろと言ってきているのだ。馬鹿馬鹿しい。そんなものはお前の責任であって、俺の知った事では無い。何も保証人をやっているわけではないのだから。
「帰ってくれ。こんな所を人に見られたくはない」
「兄さん!」
縋りつく弟を蹴り飛ばし、俺は踵を返した。
ぐるりと視界が回転する。場面は替わる。電話のベルが鳴り続けていて、目の前には弟がいる。弟の長く伸びた影が俺を捕える。窓からの光が弟に差し込めば、そこにあるのは弟の首つり死体だ。
青白い肌にギョロリと飛び出た目玉。口からは紫色の舌がだらりと垂れ下っている。弟の首には洗濯用のロープが巻かれていて、それは太い柱に繋がっている。背後から弟の妻の声がかけられる。ぼそぼそと小さな声で絶望を口にした後、カッと目を見開きながらありったけの侮蔑をこめて、俺を責める。
「あなたが殺したのよ!」