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獏の見る夢

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           *
 ガバっという音すら立てて、俺は身を起こした。
 ……ここは……? そうか、夢か。そうだ、夢だ。これは――仕事だ。

 そっと装置Aを見やる。そこにはさっきまでのイライラとした面持ちが嘘のように、穏やかな顔をした初老の男が横たわっている。

 震えながら装置Bからはいずり出て、装置Aへと向かう。背中に冷たい汗が流れる。
 Aの扉を開けると、依頼者の男はにっこりと微笑んだ。

「有難う。すっかり私の中から抜け落ちたようだ。何かしらの悪夢は消えたという実感はあるのだが、その悪夢がどんなものだったか……もう思い出せないよ。は、は、は!」

 男はほがらかにそう笑うと、俺の手に札束を握らせた。

「これでたったの百万というのだから、いやぁ実に安い! は、は、は! ん? どうした、君。顔色が悪いぞ? 健康には気をつけなければならんよ! は、は、は! それでは私はそろそろ失礼するよ。御苦労だったね!」

 一方的にそう言うと、バタンっと威勢よく扉を開けて男は事務所を出て行った。

 部屋には正に茫然自失といった状態の俺だけが残った。
 息を吐き、倒れるようにソファーに座った。そっと目を閉じたその瞬間――‘弟’のあの顔が瞼の裏に蘇った。ハッとして目を開くと、脳の奥底から恨みがましい「あなたが殺したのよ!」という嘆きがこだまする。鼓動は早くなり、冷たい汗は止まらない。
 顔を手で覆おうとしたその時、自分が握っている物が目に入った。百万円の束。
 ――――そうだ、これは仕事だ。
 所詮は夢だ。夢。夢。夢。
 それは確かに悪夢で、しかも‘俺のもの’になってしまったが、所詮は夢じゃないか。
 瞼を閉じなければ良い。そうすれば何も怖くはない。

 百万をポケットにねじこみ、俺は事務所を飛び出した。
作品名:獏の見る夢 作家名:有馬音文