獏の見る夢
夢の終り
弟がぶら下がっている。口の中には雑巾のしぼり汁の臭気が広がっている。目の前で友達が裂かれる。赤い皮膚の断面図。夜中に飲酒運転ではねてしまった老婆。父の死に目に会えなかった後悔。愛していたペットに死なれた絶望。夜道を歩けば見知らぬ男に襲われ、膣が裂けて顔は殴られ腫れあがった。報道のため戦地に赴くと、目の前で地雷が爆発し誰とも分からぬ腕が吹っ飛んだ。ぐるりぐるぐる。悪夢が廻る。次から次へと溢れ出す。俺の見ている悪夢が太いパイプを通って、あの少女の元へと廻っていく。
「馬鹿ね。あなたは」
冷たい声が響いた。
これは何の夢のどのパートだ? 婚約を破棄された男の夢か? それとも母に捨てられた少女の絶望だったか?
「これは誰の夢でも無い」
声のする方を振り向くと、そこには少女が立っていた。そう、装置Bに入れたあの白痴の少女……。
「私は白痴じゃない」
何を言っている? いや、それ以前にどうして夢の中で被験者同士の会話なんてものが出来る? こんな事は……
「ありえない。普通では」
俺の考えを読んだ様に少女が言葉を続けた。
……普通では? それでは一体この状況は何だと言うのか。
少女は小さくほくそ笑むと、冷たい声で俺に語りかけ始めた。