獏の見る夢
コンコン……
ほどなくして、遠慮がちなノックの音が耳に届いた。
「どうぞ」
そう言って扉を開けると、そこには大人しそうな女性が立っていた。年齢は20歳前後といった所だろうか。
「夢を……食べて欲しいんです」
女性は潤んだ眼差しで俺にそう訴えた。
「奥へどうぞ」
彼女をソファの方へと導いて、冷蔵庫から取り出したペットボトルをそっと手渡した。
「どうぞ」
「あ、有難うございます」
机を挟んで彼女の向かい側にあるソファに俺も腰を下ろす。
彼女は座ったまま、じっと机の一点を見つめていた。そしてぽつり、ぽつりと言葉を紡ぐ。
「別に……今は……私、幸せなんです。……友達もいるし……彼氏だっています。でも……眠ると……」
そこで彼女は小さく息を飲んだ。悲しみに耐えるように自分の左腕を右手でギュッと握り締める。
「忘れてしまいたいのに。……出来ないんです。ですから、お願いします」
そう言うと鞄から地方銀行の封筒が出てきた。
「母に工面してもらいました。これで私が救われるならって……」
封筒を手に取り中身を確認する。きっちりと帯の巻かれた札束が一つ入っている。
「分かりました。では、どうぞあちらの装置にお入り下さい」
彼女が装置Aに入ったのを見届けると、入口の札を使用中に裏返して、俺も装置Bへと身を沈めた。
スイッチを押すと、意識は薄く広く広がっていく。……夢が……始まる……。