一滴の海は辛く
クレイモアへ俺が呼びかけようとしたとき、俺の死に神が前方を指さす。指し示された先を見やる。先にいるのは、ずらずらと連なった、動く人の群れ。
その先頭に、ふとっちょの小さなお爺さんがいた。
豪華絢爛! そんな言葉を投げかけてやりたいくらい、成金趣味の服装。具体的に言わないと分からない? それじゃあ、自分の頭より大きそうな宝石をちりばめた王冠を被ってる。指には、大粒の宝石だらけ。ほら、ここらだけでお腹いっぱい。
…こーんなわっかりやすい格好されちゃぁさ、ねぇ…?
いやいや、もしかしたら、これは影武者で本物のサーファイトは、本当は大きくて頑強な男かもしれない。
ああ、だけど…!
脳内会議が五月蠅い。
この宮殿に感染されたかな。此処、五月蠅いもの。
「ほら、話しかけろよ。お前が紹介するんだろう?」
「判っているよ……サーファイト!」
クレイモアが声を響かせようと、口元に手を添えながら、名を呼ぶ。
陰険な団栗眼が、こちらを眺め遣り、近づいてくる。
ゆったりとした動作だから、こっちから歩み寄った方が早そうだから、俺らは近づいた。
近づくと、ぜぇぜぇと息づかいが荒いのが聞こえる。気になったので、体悪いんですか? と聞いてみた。
すると、俺を睨むように見遣り、ぜぇぜぇとしたまま喋る。
「わしに構うな、人間め」
「サーファイト! 青玉は、君を思って言ってやってるのに何さ、その言いぐさ」
「五月蠅い、月神。それと様をつけろ。少なくとも、わしはおぬしより上の階級なのだから。
エピオラさん、五月蠅いのを連れてきたのう。それも、おぬしが。珍しい。それともわしの顔を見に来たのか? 元化身」
――元化身? その言葉がなんなのかは分からなかったが、その瞬間、彼女の顔が毒を含んだ笑みになっていて、毒を押さえるのに必死なように見えた。
クレイモアは気づかずに、反応をして怒鳴る。
「五月蠅いって、僕のことか!」
「アタシも意外ですわ、サーファイト様」
「無視するつもりか、無視するつもりか!」
「まさか、クレイモア様が、青玉を皆様、守り神様に紹介するだなんて」
「何。エピオラさん、おぬし……仕事を放棄するつもりか?」
「人の話を聞け! 僕が、青玉からお願いされたんだ! だから、僕が案内するのは、当然のことだ。エピオラの役目は僕に、引き継がれたんだ」
クレイモアの努力のお陰か、わめいたお陰か、漸く俺の死に神から視線を外して、クレイモアと話すサーファイト。目を少し見開いて、ほぉ、と口角をあげる。
「青玉、おぬしは月神に、紹介を頼んだのかえ?」
俺を見つめるその眼は、えらく厳しそうで、何もかもお前の全てを引きずり出してやる、と言ってるような気がして、鳥肌が立った。
そんな目から逃れたかったけれど、目線をずらしたりはしなかった。
だって、失礼じゃないか、昔から人の目を見て話しなさいって、言われているだろ?
それに実際この成金が殺したとしたなら、怯みなんかより、怒りが沸いてくるのでそう考えたら度胸がすわってきた。
「はい。友人であるクレイモアに、頼みました。地球の育て方も、サファイアの育成も彼と一緒にがんばってみようと思っています」
ついでに笑みをつける。愛想笑い。理由はただ何となく。
友人、の部分に反応して、片眉をつり上げて、ふん、とサーファイトは笑った。
「……地球のほうは、前例があるから、比較されるだろうが、サファイアは比較対象がない。のびのびとやるがよかろう」
口ではそう言ってるのに、目では何もするなと言っている。おかしな爺さんだ。
まるで、誰かに言うなと自分が先制されてるような…。何か、言いたいことがあるのだろうか?
「サーファイト、これが青玉」
「もう、そんなこと、判りきっておるよ、月神」
「なんで? え、何で判ったの」
「死に神が付き添ってる人間の霊など、青玉以外おるまい」
「……紹介、なんて、じゃあ、いらないじゃないか。エピオラ、君は邪魔!」
「アタシは一応、監視係なんだよ」
「監視?」
その言葉に俺は思わず、首をかしげて、俺の死に神を見遣る。
俺の死に神は、あ、と言って、口を押さえた。
「参ったな、口止めされてたのに」
「監視係って、どういうことだ?」
「……その、だね…詳しいことは…サーファイト様に」
俺の死に神は、嗚呼もう、と頭をぐしゃぐしゃにかき、じろりとサーファイトを見遣る。
サーファイトは、くくっと喉奥で笑ってから、俺の目を威嚇するように見遣る。
「……青玉は、初めてこの世界に来る、人間だからな。朝顔の観察には、観察日記が必要じゃろう?」
「例えが中途半端すぎるよ。意味が分かんないよ、かえって。サーファイトって、やっぱり馬鹿だなぁ」
「……月神、わしにそのような口をきいていいとは、許してないぞ?」
「五月蠅い。アースを救おうともしなかった奴なんて、どんな口をきいたっていいんだい。
アースを見捨てるような真似をしたのなら……」
一瞬だけ、クレイモアの顔が般若よりも怖い顔に見えた。でも、それも一瞬。すぐに消えて、いつもの人嫌いする顔に。何だか俺は、少しほっとした。般若顔よりも、人嫌いの顔の方が、彼らしくあり、そして安心をする。
「尚更、ね」
「アースはいずれ、死ぬ。それも、すぐ死ぬような奴だった。そんな奴に人件費をかけるなんて、馬鹿馬鹿しいじゃろ」
サーファイトのその言葉に、クレイモアの理性のたがが外れた。
「サーファイト!! 君、死ぬか、ああ?! 死なないと判らないか、死んでみないとその『馬鹿馬鹿しいこと』が判らないか?! いつ死ぬかなんて関係ないよ、このくそ爺!」
「……クレイモア様、喧嘩はしないと約束した筈ですよ」
声で、荒ぶるクレイモアを制する、俺の死に神。声は凛としていて、いつもより凛々しく見えた。
対するクレイモアはすっかり理性を失っていて、サーファイトに噛みつけと言われたら、すぐにでも噛みつくような様子だった。
サーファイトは、クレイモアの反応に飽きたような顔をしていた。
「エピオラさん、その犬は、どっかに鎖でつなげておいてくれ。放し飼いはしないでいただこうか」
「まぁ、サーファイト様。いくらクレイモア様がこんなご乱心とはいえ、そのようなこと、このワタクシには出来ませんわ。
青玉の挨拶は済みましたわね。それなら、質問をお一ついかがでしょう?」
「何だ」
「何故、暗殺ということをお隠しに?」
その言葉に、一瞬ぴくりとしたように見えたのは気のせいだろうか?
「……馬鹿馬鹿しい。面倒ごとが嫌いなのは、知っているだろう、エピオラさん」
「本当に、それだけですか?」
「…それ以外、何があると? ……まさか、おぬし、わしがし向けたと思っているのでは無かろうな?」
「……――あなた様なら、可能でしょう? アース様を、毛嫌いしていらしたようですし」
「……アースを毛嫌いしていた? わしがか?」
「……失礼、お言葉がすぎました。ご無礼を。そうですね、あなた様は若い頃のアースはお好きでしたね。それ故に……クレイモア様がお嫌いなんでしょう?」