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一滴の海は辛く

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 俺の死に神が、そう言うと、サーファイトは俺たちを睨んでフンと鼻を鳴らして、群れごと、俺らの傍を通り過ぎて、去っていった。
 クレイモアは、唸りながら、サーファイトを睨んでいた。
 「あいつ、誰か、殺してくれないかな」
「あの方が誰かを殺すようし向けたら、また動きが見られるしね」
「違うよ、僕が言いたいのは、あいつが死ねばいいってこと」
「どっちにしても、物騒な話だなぁ。俺の紹介どころじゃないじゃん」
「エピオラの目的は、最初からサーファイトに紹介することじゃなかったようだけどね」
 クレイモアは目を鋭く細めて、腕を組む。
ちろりと舌を出し、上唇を舐める。エピオラを品定めするような、人を見る目つきではない目で見遣った。
 俺の死に神は、その目に居心地悪そうな顔をしつつ、ため息をついた。
 「悪かったと思っているよ」
「おかしいと思ったんだ、エピオラのような死に神が、いつまでも他人に任せないで、青玉を案内しようとするなんて」
「俺の死に神、正直に話してほしい。どういうことなんだ?」
 俺が問いかける。彼女の手を握り、その手に手を重ねて。
まっすぐと彼女を見つめる。
 彼女はそれに少し動揺したのか、びくりと肩をふるわせ、俺を見つめる。
何か言いたげに口は開くが、閉じて。
 俺の死に神は苦笑を浮かべて、観念したように、判ったと言って、また口を開く。でも、その言葉は、先ほど言いたげにしていた言葉とは違うような気がした。
 「誰にも内緒だぜ? 『青玉』作成は、ある死に神が行っている、プロジェクト」
「…サーファイトじゃないの!? 死に神が!?」
「クレイモア、お前、お喋りだから心配なんだよなぁ。まぁいいか。これは、サーファイトも賛同なされたことなんだ。他のお偉いさんがたも。その死に神曰く、サファイアは……」

 ごく、り。

 誰かの喉を鳴らす音。

 「地球への餌。青玉はそのための汚れ役」

*

 「どうかしたのか」
 昼下がり、そんな時間なんだろうか。それとも、昼なんかじゃないのだろうか。そんな説明は受けてない。今が昼だって夜だって、本当ならどうでもいいのかもしれない。でも、そんなことを思うのは、太陽と、月の守り神である、サンとクレイモアに悪い気がしたので、無かったことにした。
 あれから、俺の死に神は何も言わず、だんまりで、クレイモアはサンと会うのが嫌なようで、同じくだんまり。必要最低限のこと以外は話さない。結果、サンの昔風日本家屋のような家では、サンも喋る方ではないのか、誰も喋らなかった。
 サンはそれを見かねて、俺らにお茶を勧めて、庭を見せてくれた。
 松の木の臭いがする。盆栽がいっぱいだ。綺麗な庭。お寺のような。庭には二羽鶏がいて、クレイモアは無邪気に鶏と戯れている。
 あの鶏も何かの神なのか、と問うと、そうだと答えが返ってきた。でも、何の神だかは教えてはくれなかった。
 それで、俺の死に神もお茶を飲んでいて、何も話さず、鶏と戯れるクレイモアを見遣る。
 サンは、そのぼんやりとした彼女の表情に、問いかけたのだ。どうかしたのか、と。
 俺の死に神は、はにかんでちょいとね、と言葉を漏らした。
 「上の企みを、ばらしちまった。その処理をどうしようか、と考えていてね」
「上の企み?」
「…『青玉』作成プロジェクト。
 地球に死人をあげるのが、惜しくなった死に神たちは、サファイアという星を見つけて、その星に生命反応を感じた。
 地球ばかりに死人をあげるのもなんだから、サファイアで人を作り、その魂を地球に与えて、自分たちは地球の魂を得て、力の増幅を。新たな死に神の創造を」
「死に神ってさ、どんな生き物なわけ?」
 俺が顔をしかめて口を挟む。

 ――だってさ、わけわかんない。俺の頭は今きっと沸騰中。
だんだん、こんがらがってきてない?
すっごい複雑になってない?
複雑なのって、俺苦手なんだけど。

 「死に神はぁ、そうだね、人と変わらない。ただ、異様に種族の人数が少ないだけで。
 お前の認識と変わらないよ、青玉。死に神は、死に神でしかない。人を殺すのも生かすのも、死に神さ。
 ……地球に死人を与えていたのは、アースだけど、与えさせていたのは、…アタシらだろうね。
 …クレイモアには悪いことしたと思っているんだ。クレイモアは知らないけれど、アースを弱らせていたのは、精神的に弱らせていたのは、きっと、アタシ達……」
 そういって、俺の死に神は儚げな微笑を浮かべて、握り拳を膝の上に作る。微かに肩が震えている。
 ……彼女は、弱々しい声で言葉を続ける。
 途中でやめろといっても、アースはやめなかったと。アースは、衰弱することを判りながらも、地球に死人を与えていたと。
 地球は、彼女の子供でもあり、殺害者でもあった。
いや、殺害者は、あいつ、隻眼の赤い髪のあいつなんだけど。
 「……アース殿は、優しい方だった。
あの方の声が、あの方の顔が、あの方の仕草が、全てが、人間が描いている聖母のようで、我はいつも、あの方の笑みに癒されていた。
 …そんな彼女に愛されていた、彼が羨ましい。だけど我では彼女に笑みは与えられない。だから、せめて彼女らが幸せになるよう、彼女が守ろうとしていた彼を、守ってやりたい」
「その前に、好かれるようにならないといけなさそうだね」
 サンは俺が思っていた人物であってるようだった。
 やっぱり、優しい。
 声の響きは少し厳しいものを感じるけれど、目隠しのその下の目はきっと、優しいものだろう。
 俺が苦笑して言うと、サンも苦笑を浮かべた。
 「何故かな、嫌われている。彼が見舞いに行けない時に、行ったからだろうか」
「そういう問題じゃないよ、多分。
 クレイモアだって、心の底では、きっとあんたがいい人だって、判ってる。だけど、素直になれないだけなんじゃないの?」
「どうして、判るんだ?」
「そんな感じがする。気だけ。でもさ、同じようにアースを思っていたんなら、仲良くなれないなんて、おかしいじゃん」
「同じように思っていたからといって、仲良くなれるとは限らない」
「でも、ゼロパーセントじゃないだろ? 例えゼロだとしても、最初の可能性が無ってことは可能性はアップするわけだ。そこから、普通や、無限大に。
 ……俺さ、アースの前で、泣いたんだ。あんたもなんだろ? ……それなら、俺とクレイモアが仲良くできて、あんたとクレイモアが仲良くできないわけがない。ほら、それにさ、地球には、月と太陽はセットじゃん」
「青玉殿……貴様は……プラス思考なのだな」
 俺の表情は、やや笑みのまま固まる。
 うん、とは頷けない。
プラス思考なら、自殺なんて、しない。あんな馬鹿なこと考えて、自殺はしない。
 馬鹿なこと? 馬鹿だったのか本当に?
 でも、俺にとっては、真面目なことだったんだ、何よりも大事なことだったんだ。

 自殺は逃げ。それを判っていて、やってしまった俺の罪深さ。

 敬吾、俺、お前の言うとおり、馬鹿だわ。

 俺の死に神が、何も言わない俺の心境を、察してくれたのか、話題を元に戻してくれた。
 「力の増幅が何を示すか、想像できるかい?」
「……死人が増えるとか?」
作品名:一滴の海は辛く 作家名:かぎのえ