一滴の海は辛く
……僕が一番好きだったのは、地球を育てるときの顔。優しいアースが、更に優しい顔になるのが好きだった。可愛かった。若い頃も、今も。……君は、どうだろうね? 優しい顔に、なれるかな?
…手伝うけど、教えはしないよ? 君自身で、一つ一つ学んでいくんだよ。紹介もするだけ、後は自分次第だよ」
「ん、それで上等」
それから手を差し出す。
彼はきょとんとしてから、すぐに握手だと察知してくれて、初めてするのか、ぎこちなく手を握った。
握手握手。友好の意。
そのとき、俺の死に神がやってきて、目を丸くしてから爆笑する。その様子にクレイモアは、俺の死に神を睨む。俺の死に神はその視線を楽しそうに受ける。
「お前ら、仲良くなったんだな。意外だ」
俺とクレイモアの握手を見て、俺の死に神は綻んだ。原因に気づいたクレイモアは、慌ててばっと手を離した。それから、俺の死に神を再び睨む。
「サーファイトに、探り入れた?」
アースの遺体を引き渡す代わりに、サーファイトが暗殺に関わってないかどうか、聞いてみると、俺の死に神は約束した。
「お前ら、葬式に最後まで居なかったから、知らないだろうけど、彼はアース暗殺を、寿命で死期が早まったから死んだと、発表しやがったぜ」
「何だって!?」
「……サーファイトのことだから、面倒なことが起きたことがばれたくない、とも考えられるが、……赤い髪の男との繋がりもそこから予測できるっちゃできちゃうかもな」
「なぁ、サーファイトってどんな奴なんだ?」
二人にそう聞くと、クレイモアは顔をしかめっ面にして、俺の死に神は、何か良くないものを孕んでる暗い笑みをした。
「サーファイトは、偉い神様。だから彼にこの世界全ての決定権がある」
クレイモアが答えてくれた。その言葉は少し説明不足な気もしたが、それよりも先に、違和感を感じた。
ルーレの全ての決定権があるのならば、それならアースに何か罪をふっかけて、殺せたのではないだろうか? 公に。
冤罪でも、なんでもいいから、罪を被せてそれで死刑にできたのでは?
そう思い、口にすると、俺の死に神が首を振る。
「アースは、そっちの捻くれと違って、人望が厚かったから、そんなことしたら、自分の立場が危うくなるのさ」
「でも、暗殺なんてばれたほうが、立場は危うくなるんじゃないの?」
「……そ、うだな」
「……で、話の続きだが、探りは、入れてみた。知り合いの死に神に頼んで」
「え、何で他の死に神に? エピオラは…」
クレイモアが何かを言うよりも先に、それを制するように、俺の死に神が口を開く。
そのときのクレイモアの表情が訝しげだったが、それよりも俺は情報の方が気になった。
「『赤い髪の隻眼が、貴方の部下に居ましたよね』……そう言ったら、奴何て言ったと思う」
「……居ない、かな」
「…ところが、あっさり認めたのさ。居たが、何か? だとよ」
「認めたんなら捕まえてよ! 主人が暗殺を命令したに決まってる、判ってる! それなら、捕まえてよ、カタブツ! せんべい頭!」
「ただ部下にいるだけじゃ、暗殺をし向けたかどうか判らないだろ、能なし。プリン脳みそ。
いいか、暗殺を知っているのは、アタシとお前らとサンだけだ。サンはともかく、アタシやお前らなら、下手したら捕まる。慎重になんなきゃなんねーのさ。長期戦覚悟しろよ。そうしたら、もしかしたら、アースの仇が討てるかもしれないだろう?」
「……ちぇ。さっさと、サーファイトなんか死んじゃえばいいのに」
冷たく言い放つその言葉に、いくら何でも、と俺は少し目を伏せた。確かに憎い。もしアースを殺したのがそいつなら憎いけれど、殺したいと思うほどではないのは、それほど気持ちが身に入ってないのだろうか。それとも、死を知っているからか。
親友を殺されたとして考えてみる。それでも怒るが、死んでしまえとは思わなかった。
俺はずれてるのだろうか?
「サーファイトってやつも、クレイモアみたいに思ってアースを殺したのかもね」
「思うだけならいいんだよ、実行しなきゃ。実行しなければ、何も起こらない同然だもの。実行できる力があるのが、問題なんだよ」
「そういうもんか?」
「そういうものなの。青玉、人間なのに判らないの?」
……そんな、まるでそれが人間の常識であるように、言われても困るんだけどさ…。
その気持ちを悟ったのか、俺の死に神がクレイモアに、人それぞれだ、と呆れたように言った。
「人それぞれだ、判るも判らないも。クレイモア、お前の悪い癖だ。すぐに自分の思ったことは、人も同じだと思う」
「うるさい、いいんだもん。青玉相手だから」
「……お前ね、…。ずいぶんと懐かれたじゃないか、青玉。
さて、じゃあ、星を育てる前に、他の守り神に挨拶にでもいくかぃ?」
「僕が連れて行く! さっき、青玉から頼まれたもん!」
「お前、サーファイトに挨拶させられるか?」
見下すような瞳、冷徹そうだな。仲悪いのか、この二人? クレイモアから嫌うのは分かるのだけれど。――後で俺の死に神に仲を聞いてみたら、「お前を取られたようでむかつくのさ」とけらけら笑っていた。
俺の死に神に対するクレイモアは強い瞳をしていた。獅子のような猛る瞳。
「大丈夫さ、喧嘩しない」
「……じゃあ、まずはお前の大嫌いなサーファイトのところから、挨拶しにいこうか。
青玉、それでいいか?」
それでいいか、と聞きつつも、文句は言わせないぞと言わんばかりの台詞に、俺は笑い転げた。
笑うと、俺の死に神が不満げな顔をして、決定だ、と頷いて、歩み進めた。サーファイトとやらのいる方向へ。
*
サーファイトはランに住んでいた。
アースのような宮殿だったけど、中にいる働いている人の人数が違うだけで、こんなにも印象が違うのだろうか。内装だけでこんなに嫌みったらしい成金に見えるのか。
飾られている華美な壺に絵画。
敷かれている絨毯も、華美で、ちょっと趣味が悪く見えた。
贅沢が集まると、こんなにも五月蠅いんだね。
使用人と見られる人々…人じゃないか、神はぺこりと頭をさげる。俺らが通りすぎるたびに。
クレイモアや、俺の死に神に頭を下げているのだろう。
クレイモアに頭を下げるのは、何となく判る。だってほら、一応有名な星の守り神だしさ。
――でも、俺の死に神に頭をさげるのは、判らない。
俺はふと視線だけで彼女を見上げて、問いかけてみる。彼女は視線が合うと、少し不思議そうな顔をした。
「なぁ、あんたって有名なのか?」
「青玉、何言ってるの、エピオラは…」
「アタシぁただの死に神さ。ただの死追い人さ。この世界じゃ、死に神を怒らせちゃいけないって暗黙のルールがあってな、それで皆頭を下げてるんだろ」
さすが、俺の死に神。俺の質問の理由まで、悟るとは。
彼女の思考回路に敬服して、拍手をすると彼女はやめろと呆れた顔をする。
クレイモアがやや胡乱げな視線を、俺の死に神に向けるが、何も口から言葉は出ない。
何故そんな目を? 何を考えてるんだろう?
「クレイモア…」