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一滴の海は辛く

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「クレイモア、落ち着いてくれよ。アースは人じゃないから、転生が出来ない。だから……保管しに来たんだ。サーファイトのもとにはいかない」
「保管…アースを、地球に埋める気か!」
「…ええ」
 一瞬嫌だと言おうとしていたのが、よく判る。でも、クレイモアは口をつぐみ、大人しく、だが悔しそうにエピオラにアースの体を引き渡す。
 最後に口づけをして。
彼女の手に、唇に、額に。愛おしむような、名残惜しむような口づけをゆっくりと。
 「……さようなら、アース。大嫌いで、大好きだよ。僕の最初で最後の、恋人」

 ……クレイモアは死体を、エピオラに渡すと、顔をきりっとさせて、涙を拭う。大人の顔をしている。だけどそのうちには静かな憎しみが宿っている。
 「誰の仕業だ」
「……それが、足がつかない」
 クレイモアの言葉にサンが応える。
 「…前にも、命を彼女は狙われていた。そのときは偶々我が居て、対応出来てたのだが……すまない」
「……二度も謝るなよ。僕を怒らせたいの? 僕は、ただ、犯人をつきとめたいだけだよ。太陽の子」
 サンは太陽の守り神らしい。
太陽と月は対照的だが、今の彼らも対照的なのだろうか? 二人で地球を守っていたのだろうか?
 「青玉、犯人の顔は見た?」
「ああ。見たし、覚えている。赤い髪の、隻眼の男だ。黒いコートを着ていた」
「赤い髪の隻眼で、黒いコート……」
 その言葉に反応したのは、意外にも俺の死に神だった。彼女は眉をしかめて、唸る。
 「厄介なことになったぞ」
「え、どうして?」
「……そいつは、アタシが覚えているのが正しければ……サーファイトの、一番下の部下だ」

 サーファイト。宇宙の神。一番のお偉いさん。
 ……そいつがし向けた、のか?
だとしたら、許せない。アースは、もうじき死ぬ身なんだから、せめて最期の時まで待てばいいのに、何だって待たないで殺すんだ。
 死ぬときくらい、選ばせてくれたっていいじゃないか。
あんな優しい人を、あんなに他人思いの人を殺すだなんて。
 「クレイモア」
「…青玉」
「絶対に捕まえよう。俺も、……許せない。アースのこともむかつくけれど、死ぬことを軽視してるようにしか見えないんだ……。
サーファイトがどんなに偉い奴でも、そいつがし向けたことなら、俺がそいつをぶん殴る」
「……青玉」
 そう言うと、クレイモアがぽろりと涙を一滴零した。それから、アースのような優しく柔らかな微笑みを浮かべる。彼女が憑依したのかと思うくらい。
 「青玉、有り難う」
 クレイモアが、転がっていた両手持ちの剣、彼女の遺品を手にする。
 後で聞いた。その剣の名前は、クレイモア。
何より、彼女がクレイモアを愛していた証拠。
 クレイモアは、その剣をかざして、輝く剣光を見る。
 「アース。君を殺した奴を、絶対お供に連れて行かせるよ」

*

 先輩、アースのアドバイスを受けることなく、アースとの対面は終わった。
しかも、今日はアースの葬式だ。嫌な気分。
 昨日、知り合ったばかりなのに、もうお別れ。それも永遠の。

 ――俺のように自殺でないだけ、マシなのかもしれない。自殺だったのなら、敬吾のように俺は怒り狂っていたのかも。少しだけ、敬吾の気持ちが判ったような。
 アースの葬式は、盛大で、派手だった。でもそれが嫌味に見えないのは、彼女の人柄か。
それを執り行ったのは、サン。
 サンは、有名な星の守り神を、纏めてるようだった。
だから、アースの元へ訪問していたのだろう。心配だっただろうから。
 サンは泣く皆を見て、クレイモアを指さした。
 「かの者を見よ。彼はアースを一番、愛し愛されていた者だ。その者が涙を堪えているのに、我らはどうして堪えられない?」
 クレイモアは、涙を一筋も見せなかった。涙を見せるのが惜しいのか、それとも枯れたのか。
 誰にも話しかけてなかったし、誰も話しかけようとはしなかった。彼を気遣っているのかと思ったが、どうやら、彼を気遣ってるのではなく、彼を嫌っているようだった。
 サンは嫌っては居ないが、クレイモアから嫌っていた。サンが話しかけようとしても無視するだけで……。
 他の人への反応もそうだ。誰も信じられない、そんな言葉が当てはまりそうだ。

 でも、俺への反応は違っていた。
彼は俺に付き添い、俺と共に居た。
 長年共にいる者とは付き添えないのに、何故俺と付き添えるのか不思議だったので、聞いてみたら、彼は笑み広ごって答えた。
 「青玉は、アースの後継者だもの。
アースが認めた、後継者。それにね、君は僕の子だ、僕らの子供だ。地球の仔だから。だから、青玉、僕は君を手伝うよ」

 俺とクレイモアは、何だかその場に居たたまれなくなった。
だから、こっそりと葬式の式場を抜け出して、アースの住んでいた宮殿に行った。
 そこにはまだアースが居て、お姫様ベッドで寝ているような気がして。そんなことあり得ないのだけれど。でも、何処かアースの居るような空気は、残っていた。
 花園。そこでまたクレイモアは花を毟る。毟るどころか、花を一輪もぎ取っては捨て、もぎ取っては捨てる。花びらずつ毟るのは、此処は骨が折れるくらい花があって。
 クレイモアは呟く。
 「短い命なんて、大嫌いだ」
 その言葉には、どれ程の重さがのしかかっているのだろう。
 それは自分にも言われてるような気がした。いずれくる別れを言われてるような。
 ――そこまでいくと、思念しすぎか。
 「……クレイモア」
「うん? 何、青玉」
 毟っていた手を止めて、振り返って、俺を見上げるクレイモア。
 「……その、一緒に、育ててみないか? サファイアや地球を。この世界の案内もしてくれない?」
 そう言うと、彼はきょとんとしてから、微苦笑を浮かべた。何処か寂しげな微笑みだった。
 「駄目、それは。僕じゃ生命を育めない。育もうとしなかった僕には、出来ないよ。
 この世界の案内、エピオラのほうが、顔が広いから、エピオラの方がいい。さっき見たろ。僕は皆に嫌われている」
「俺の死に神……より、あんたのほうが、いい。あんたなら、アースの愛したあんたなら、地球のこと判ってるはずだ。だから、育て方も大丈夫、だと思う」

 ――それに、このまま放っておくのは忍びないんだ。今のあんたは、花より儚い気がして。
 でも、なんでだろうね。強くも見えるんだ。その強さに、縋ってみようと思ったんだ。
 ……それともう一つ。
 友達の輪を広げさせようと思って。
この機会に、広げられたらいい。少なくとも、サンはあんたを嫌ってる様子じゃない。せめて、サンだけでも仲良くできればいい。
 俺の死に神に、アースに会ったとき、泣いてしまったと話したら、サンも最初はそうだったと言っていた。
 ――俺と同じものを感じていたサン。そんな彼なら仲良くなれるんじゃないだろうか?

 クレイモアは少しだけ照れたような微笑みを浮かべて、それから俺に向き直る。
 「アースはさ、とても可愛かったんだ。僕と彼女はね、赤ん坊の時から一緒だったんだぜ!?
作品名:一滴の海は辛く 作家名:かぎのえ