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一滴の海は辛く

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 優しい人だけど、アースは言うべき時は言うようだ。しっかりとした強い言葉と、その声色でそう思わせた。
 男は、くくっと喉を震わせながら、値踏みでもするような目でアースを見遣る。
「…そいつぁ、無理だな。何せ、サンがいない今日、誰がお前を救う? 青玉か? そいつぁ、今日ルーレに来たばかりの、ただの人間だぜ? 幽霊だぜ?」
「青玉さんはただの人間じゃないわ。
私の、後継者。しかも、あのクレイモアの大事な友達。大事な……大事な……あの子の。
――だから……死なせはしない!」
 そういって、カーテンをひっぱって、お姫様ベッドから離れさせ、むしろ破って、それを投げつける。
それと同時に、ベッドから抜き出て、男に斬りかかる。
その素早さは、とても外見からは想像は出来なかった。速い、素人目から見ても。
 その素早さにも動じず、男はその剣を刀で受け止める。
 「ほんっとう、婆なのが、惜しいくらいの女だ! いい腕をしてやがる」
「黙れ、痴れ者。青玉さん、クレイモアを呼んで!」
「あ……」
「早く!」
 彼女がそう叫ぶと、第二撃を送る。
刀を振り払い、回って横へ薙ぐ。
 男はしゃがんでかわして、足払いを狙う。
足払いに気づくも、そのまま転倒してしまうアース。
 そこへ馬乗りになり、アースの胸へと男は刀を貫き刺そうとした。
 危ないと思い、俺は男に体当たりして、アースから離れさせる。
アースは、咳き込んでいる。男は横に転がるがすぐに起きあがり、俺に刀を向ける。
 「そういや、テメェも依頼に入ってたんだ。先にテメェをぶち殺すか。この刀は、幽霊でも殺せるんだ」
「俺もアースも死なない」
 刀の先が、不思議と怖くなかった。だから、強気な目を相手に見せつけて、睨むんだ。

 「死んでる身の癖に、何を」
 男は鼻で嗤う。
それを見ると、アースが黙れと怒鳴った。その声に、俺と男はびくりとしてしまった。
 「お前のような奴が、彼をあざ笑うのは許されません。
 …青玉さん、お行きなさい、私のことは構わずに。怖いのでしょう? 早く、早く!」
 俺は目は強気でも、やっと震えていたことに気づき、それをしっかりとしろと元気づけてから、扉をすりぬけて、クレイモアを捜しに駆けていく。

 ――クレイモア! クレイモア! 大変なんだ、あんた、何処にいったんだ!? 早く、早くしないと、アースが!

 「クレイモア! クレイモア!」
「……どうした? 小僧」
 声がかかる。誰だろうと思って、振り返ると、目隠しをした男がそこに立っていた。
黒い髪に、黄色い布の目隠し。額から鼻の筋の上までを覆っていて、でも輪郭からすると美形そうだな、と思った。
 袴を揺らし、男は、まさか、と口にする。口にするや否や、駆け出し、アースの部屋に向かう。それについていく。
 その途中でクレイモアに会った。泣いていた様子だった。でも、今はそれに構ってる余裕はない。
 「クレイモア! 大変だ、アースが襲われてる!」
「!!」
 そう走りながら教えると、クレイモアもすぐに駆けだして、部屋に向かう。

 向かった部屋には……隻眼の男は居なかった。

 ただ、アースの横たわった血だらけの体と、血だまりがあるだけだった。

*

 「…あ、あああ…アース…!」
 クレイモアはおそるおそるアースに、歩み寄り、抱きしめる。
 名を、呼び続ける。
隣で、目隠しをしている男が、遅かったか、と舌打ちをしてる。
 クレイモアは、泣いて、泣いて、泣いていた。わんわんと、これでもかと声を上げて。
 「嫌だ、嫌だよ、アース! 死なないで!」
 アースは虫の息で、それでもクレイモアを安心させようと、最後まで微笑んでいた。
 「…げほっ……嫌ね、クレイモア。私が死ぬって事は…最初から、判っていたじゃない。
青玉さんだけでも守れて、良かったわ。クレイモア…大好きよ…愛してる」
 彼女は、自分の死が間近なのを知っていた。それが早まっても動転しないで、ただクレイモアに優しい眼差しを送り、頬笑むだけだった。
 アースが愛してる、ともう一回呟くと、弾かれたようにクレイモアが、僕も! と大声を上げた。
「アース! アース! 僕も、僕もだ。愛してる。言い足りない。愛してる。愛してる愛してる愛してる。
 死なないで。だから、死なないで…! お願い、一人にしないで…!」
 クレイモアが全身で愛を伝えると、彼女は嬉しそうに……本当に嬉しそうにはにかんだような表情をして、それから、咳き込んで、喀血する。
 クレイモアには内緒だけど――これから言うつもりもないし、言う予定もない――、彼女の手が血で滲んでいた。恐らく音が聞こえたときに、咳き込んだときのもの。あのとき、手の内を彼女は見つめ難しそうな顔をしていた。
 ……だから、恐らくその喀血は、隻眼の男にやられたのではなく、本当に、体が悲鳴をあげているのだろう。

 彼女の言う、天命だ。

 「…駄目ね。体が、悲鳴をあげてるもの。年には勝てないわ。
 もう少し、生きる予定だったのにね……ごめんなさい、クレイモア」
「嫌だ、嫌だよアース! やめて、死んだら大嫌いだよ、死なないで、死なないで!」
「……青玉さん、クレイモアを…頼み、ます…」
「アース……アース、アース!」
「クレイモア、みんなと…仲良く…ね…」
 死人の俺だからこそか。彼女が、たった今死んだことが、すぐに判った。
 他人の死を見る感覚って、こういうものなのか……? こんなにあっけなく見えるのか?
 
 ――優しかったアース。ルーレに来たばかりの俺にも、優しくしてくれて。俺が罵られれば、自分が罵られたように憤怒して……あんたは、あんたが…なんだって、あんたが死ななければならない?

 会ったばかりの俺でも、泣きそうになるものがあった。俺でこの状態なら、恋人だったクレイモアはどうなのだろうか?

 クレイモアは俯く。
 男が心配したのか、クレイモア殿、と呼びかける。それに反応して、アースの死体を抱きしめながら、男を睨むクレイモア。
 「なんで、なんでもっと早く来なかったんだ! 君の腕なら、助けられたはずだ!」
「……すまない」
「すまない、で済まされる話じゃない! アースが、アースが…!
 …そうだ、お医者さんだ、お医者さんに診せれば……ええと、名医は誰だったっけ。それとも主治医の先生を呼べば……」
「クレイモア殿、死人は蘇らないから医者には何も出来ない。今、必要なのは葬儀屋だ」
「黙れ、サン! 眠ってる、疲れて眠ってるだけなんだ!!」
 わんわんと泣くクレイモア。
 …俺も、そうだと信じたい気分だった。でも、でも、クレイモア、アースは死んでしまったんだ。
 ――儚く散った花は、種も残さず枯れた。
 サンと呼ばれた男は、目隠しで表情が判らなかったが、少し悲しげだった。
 ……少ししたら、俺の死に神が来た。
 どうしたんだ? と聞いてみたら、死ぬ魂を捕らえに来た、と悲しげに言った。
 ――そうか、死に神だもんな。お前。
 クレイモアは、エピオラを睨み付けて、更に力強くアースを抱きしめる。
 「駄目だ、渡さない、アースは渡さない!」
作品名:一滴の海は辛く 作家名:かぎのえ