一滴の海は辛く
「クレイモア、お前若作りなんだな」
「……違うよ。本来なら、アースも僕と同じような外見であるべきなんだよ。
この世界は、ルーレは、そういう世界。何百年と生きても、見かけはそんなに成長しない。そうあるべきなのに……アースは…」
「……クレイモア、いい子だから泣かないで?」
ぐすっと涙ぐむクレイモアを抱きしめて、よしよしと慰める、アース。
それは恋人同士というよりも、孫とおばあちゃんに見える……クレイモアには悪いけれど、そう見える。恋人同士と言えるのは、彼らの思いやるときに見せる視線だけ。
「……私はね、難産だったのよ。この世界では難産をすると、寿命も短い。
だから、結果、こうして他の神より数倍年をとるのが早くなってしまったの……」
「……それじゃ……その姿ってことは…」
「……もうじき、死ぬの」
俺の中に、怯えが宿った。形のない、もやもやとした不安な匂いをふりまくもの。
死の恐怖を知ったからか。それとも、この人に好印象を持ったからか。
一歩後ろへ後ずさってからしまったと思ったが、アースはそんな不安も分かっているような微笑みをして……。
俺が何か言うよりも先にクレイモアが反応した。
「嫌だ、死なない! アースは死なない!」
俺の気持ちを、クレイモアが代弁しているようだった。でも、俺は今会ったばかりで……。そんな厚かましいことが言えるわけがない。でも、この嫌な気持ちを吹き飛ばすには、それを叫んだ方が、早そうな気もした。
「だって、だって、僕らはいつも一緒って言ったじゃないか! 地球と共にあるって言ったじゃないか! サファイアさえなければ、あいつらだって介護して生き長らえさせてくれるはずだった!」
「…クレイモア、ごめんなさいね」
謝る。謝るアース。その意味は……言わなくても、判るだろう。だから、クレイモアも、首を左右にふる。
「…! …あ、謝らないでよ、謝らないでよ、事実になっちゃうじゃないか!」
クレイモアは泣き叫び、抱きしめるアースの手を振り払い、この部屋から、逃げるように走り去っていった。
アースはその背を見やり、少し悲しげな顔を浮かべ、その後咳き込んだ。
俺は背中をさする、すると咳が穏やかになってきて、アースは有り難うと言った。
そして手の内を見て、少し苦い顔をしてから、顔をあげて手を握って手の内を隠す。
「……青玉さん、ごめんなさいね。こんなところ、見せちゃって…あの子、悪い子じゃないの」
「……謝らなくていいです。それに、あんたに接するときのクレイモアの顔を見てれば、悪い人じゃないってことは判りますよ」
そう言うと、アースは目尻を押さえて頬笑む。
だって、あんな顔されちゃ、悪人だなんて思えるわけ無いじゃないか。
走り去るとき、涙が見えたんだ。
――人の死に、涙が出来る奴は、誰よりも純真で真っ白。
泣かないことを悪いことだとは言わないが、素直な奴なんだと思う。
「有り難う、貴方、いい人ね。貴方がサファイア育成者で、地球の育成者……後継者で、嬉しいわ」
「……俺こそ、貴方のような人が先輩で嬉しい。…クレイモア、いい人だって判るけど、何でだろうな…」
「何が?」
「……最初にあったとき、花を毟っていたんだ。俺の死に神……エピオラにだって、冷たかったし…」
「……――」
「何でだろう……――」
アースは言葉をフェードアウトする俺に、安心させるように微笑みかけてから、遠い目をして、憂いだ。
「……あの子、きっと、命ある他の生命に嫉妬してるんだわ。
馬鹿な子ね……可愛い子。悲しい仔。私だって、十分生きたのに」
「嫉妬?」
「私がもうじき死ぬから。
……あの子は、昔はそこまで、他の神を嫌っては居なかったの。花だって大好きで。きっと――私の所為、なの」
……クレイモアの言葉を思い出す。
――どうせ死ぬ命なんだから、今死んだって同じだろ?
……――どんな気持ちで、それを言っていたのだろうか。どんなことを思いながら、言ったのだろうか。
自分の愛する、同年代の恋人。
その彼女が、もしも、自分より早く老人になってしまい、死期が早まったなら。
…クレイモア、と、俺は呟く。
「……青玉さん、お願いがあるの」
ぼうっとしてる俺にアースが口を開く。俺が気づいて、返事をして見やるとその顔は真剣で。それでも、穏やかな風貌は変わらなかった。
「クレイモアと友達になってあげて。
……私はもうじき、死んでしまう。
あの子には、私以外、何もないの、誰もいないの……転生するまでの短い時間でいいから、友達になって、その輪を広げてあげて」
…その言葉に、俺は笑ってしまった。まさか、友達になってあげてと頼まれるとは。
……アースは、よっぽどクレイモアを大切にして居るんだ、ということを感じ取れた。彼女も愛しているのだと判った。
アースは地球の育て親。それならば、俺は彼女の子。クレイモアの子。「両親」がこんなに愛し合い互いを思いやる姿を見た後で、どうやって断ることが出来ようか。
ましてや、花を毟ってしまう理由を知った後で。
「俺は、もうなってるつもりですよ」
そう言って、彼女を安心させる。否、本心だけどさ。
なんだかな、彼が憎めないんだ。
最初の行動の理由を知ったからかな。それともアースとの会話や行動を聞いたり見たりしたからかな。
俺が笑うと、彼女も笑う。
それから、また咳をする。彼女は咳をした後、手の内を見つめ、ぎゅ、と握りしめた。
そのとき、外から門番らしき人物の大声が聞こえた。
「?! どうしたんだ?」
「……また、来たのね」
「え…」
「ここ最近、命を狙われてるの…今までは、サンさんが来たときだったから何とか助かったんだけど…」
サンとは誰か、それを聞くのはまた後になりそうだ。
どうしようか。クレイモアを呼びに行くか、駄目だ、彼女の命が狙われてるのに、彼女を放っておいて行けるわけがない。
――どうすればいいんだ?
「青玉さん、貴方、お逃げなさい」
そう言って、彼女は咳き込みながらも、寝台から両手持ちの剣を取り出す。とても大きな剣で、彼女が振り回せるとはとても考えられないので、思わず俺は焦った。
「あんたを置いて逃げられるわけがないじゃないか」
「青玉さん、でも、ここは危険よ。
今すぐ逃げて、クレイモアやエピオラさんに助けを呼びにいって」
「アース……」
「そこの坊主にも逃げられたら、困るんだよ」
野太い男の声がした。俺はばっと声のした方を見やる。窓だ。
窓の方を見てみると、隻眼の赤い髪の男がいた。黒いコートに身を包み、くはっと笑いさざめく。
「アース、青玉を逃がそうったって、そうはいかねぇぜ」
「お黙り! 青玉さんは、私の後継者。跡を継ぐ者。後継は絶えさせない」
「っふ、強気な婆さんだ。俺の好みなんだがな、若かったら」
その皮肉な言葉に俺は一瞬カッとしたが、アースの咳で我に返った。
「こんなお婆さん捕まえて、何を言うの……そんな下品な冗句、いらないわよ。
お帰り。すぐさま、帰って、貴方を雇った人に言うのね。私は、天命でない限り、まだまだ死なないと」