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一滴の海は辛く

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 それでも、地球は話を飽きることなく聞いてくれて、最後にはふぅんと相づちをうった。
 “紅玉は、アースを殺した奴を許したの?”
だって、しょうがないじゃん、事情が事情だし、好きになっちゃったし。
“好きって感情だけで動いたの?”
いけないかな?
“ううん。素敵。好きって感情は大事だもんね。紅玉なら、死人を軽々しく扱わないだろうね。うん、教える、死人の与え方”
その前に聞いて良い? 何で、死人を食べるんだ? 死人じゃなくても、いいだろうに。

 その質問に、地球は一瞬黙ったが、すぐに答えが返ってきた。

 “死んだ魂を、再生させるんだ”
え。
“死人から、生者へ変えるんだ。地球が食べてるのは、死人の前の記憶”
…それって、転生ってこと?
“そうなるね。内緒ね”
……ごめん、俺、勘違いしていた。死人をただ、食べてるだけだと思っていた。
まさか、また生きるチャンスを与えてるなんて、思いもよらなかった。ごめん、ごめんね。
“ううん。死人を「食べてる」ことには変わりないもの。
火をつけて。燃えるから。それから水をかけて。そうしたら、記憶は水蒸気になって消える”

 ぱっぱと目移りするように変わっていた景色が消えて、元の暗闇の世界に戻る。

 となりには、クレイモア。
 クレイモアに水と火をどうやったら、出せる? と聞いたら、マッチと、水筒を出してくれた。
 気ィきくじゃん。

 マッチで火をつける。燃える燃えるアクアマリン。中の地球が赤く見える。
 それから水筒の水をかける。じゅわぁっと、火は消えて、水蒸気がもくもくと。
 ああ、これが死人の記憶なのか。
 俺も普通に生きていたら、この中に入っていたのかな。

 「クレイモア」
「ん?」
「本当に、アースはこんなやり方だったのか」
「違う。でも、育て方なんて、人それぞれでしょ」
 そ、ですね。うん、凄い納得しちゃったわ、俺。

 さて、青玉のほうは、どうなったかな。
 「青玉、いるか?」
“なんだ?”
「育成、俺、今までの分は今終わったところー。そっちは?」
“今からだよ。見に来るか?”
「おう。行こうぜ、クレイモア」
「うん」

 アクアマリンの青さとは違う、濃い青の光が一直線に此方を向いている。
その光をたどる。
 たどった先には大きなサファイアの塊。
 中には…見たことのない、でも形は見たことある、まぁるい星。
 色はサファイアの青で見えない。
 サファイアの隣に、少し髪の伸びた青玉。

 ――彼女は生きている。
 あれから、死刑が回避できたのだ。
 サファイアが彼女を受け入れた、そんな人物をどうやって、殺せよう?
 星々を大事にしている彼らにとって、サファイアは希望の星だ。愛しい我が子だ。
 生命体のある星を特別扱い。そんな彼らに特別扱いをされているサファイア。そのサファイアが認めた育成者は、殺せないと結論がついたのだ。

 ただ、サファイアが一回でも拒んだ場合、死刑を余儀なく執行するらしいが。

 「どうやって育てるの?」
 クレイモアが少しわくわくとした声で、聞いている。
 彼にとっても、生命体のある星は特別のようだ。
 青玉はサファイアに目をやり、ふむ、と唸った。
 「もしかして、判らない、とか?」
 彼女の様子が、あんまり宜しくないので、尋ねてみたら、ビンゴ。
 「生命なんて、奪う以外したことなかったからなぁ」
「はっはっは。青玉に勝った! 俺自力で判ったぜ!」
 胸を張って威張ると、はいはい、と笑いさざめく青玉。
 クレイモアが、気味の悪い笑い方をする。
 「キヒヒ。僕に教えて貰ったりもしたよね」
「馬鹿、言うなよ!」
「……お前ね、嘘つきだね、紅玉」
 二人して笑うなよなぁ。そんな内緒話するみたいに。仲悪くなかったっけ、あんたら?
 俺は唇とんがらかして、そっぽを向いた。その機嫌取りを、クレイモアはしない。
 無神経なクレイモアは、まだキヒヒと笑っている。
 青玉が、そろそろ笑うのをやめてあげよう、とクレイモアを制した。
 ふん、今更遅いやい。

 「いつまでも、そっぽ向いてないで、どうやったら育つか、一緒に考えてくれよ」
「サファイアは、青玉担当だろ?」
「お前ね、意地悪いね。いいじゃないか、一緒に考えてくれたって損はないぜ?」
「紅玉ってば、拗ねる時間が長いね。女の子みたいだよ」
「あたし、女の子じゃなくってよ!! クレイモアちゃんったら、ひっどーい」
「おかま言葉、やめてよ!! 夢にでたら、どう弁償してくれるのさ!!」
「自分が悪い」
 青ざめるクレイモアに、ふん、とあざ笑ってから、サファイアに向き直る。
 さっきの地球と同じで、話しかけるのかな?
 「話しかけてみた?」
「は? 話しかける? 何で?」
「地球は話しかけて、死人を与えたんだよ。だから、言葉が通じるんじゃないかなって思って」
「地球と違って、サファイアは生命を作り出すんだよ?」
「似たようなもんさ」
「なんで、似たようなもんなのさ? わけわかんないなぁ、紅玉」
 あんたに言われたくないよ、クレイモア。
 エピオラは、ふむ、とうなり、話しかけてみることにした。

 「サファイア、聞こえてるか?」
 シーン。無反応。
 駄目か。残念。生命反応あるだけで、まだ本当に生命できるかどうか、わかんないもんな。そりゃ、星に意志があるかどうかも、判らないわけだ。

 「まずは、そこからか」
「そこからって何処からだよ」
「意志があるかどうか、試してみないと」
「さっき返事なかったから、ないんじゃないの?」
「でも、例えばだ、眠っていて…こうすると、起きるとすれば…!」
 紅玉、と二人が呼び止める。
 それも構わず、俺はサファイアをぶん殴った。
 音は無し。
 ただ、非常に手が痛く、手が赤く腫れただけだった。幽霊の手って、腫れるのね。と、思いきや、青玉の顔つきが変わった。
 ――反応があったようだ。
 「紅玉、痛かったそうだ」
 渋い顔つきなのは、きっと苦情が入りっぱなしなんだろう。
 俺らには聞こえないみたいだ。サファイアの声は。
 先ほど、地球の声は聞こえたか? とクレイモアに問うてみると、聞こえなかったという。
 どうやら、星から話そうとしないと、声は聞こえないようだ。
 「反応はあるってことは、意志はあるんだね」
「言葉になってないから、伝わりにくいけどね。ああ、でもたまーに言葉になってる」
「これで、いざとなったら、拒まれても、拒まないでくれと説得が出来る」
「大丈夫、拒まれないさ。誰がサファイアの生命反応見つけたと思って居るんだ」
 青玉はけらけら笑い、サファイアをそっと撫でる。
 「ヘイベイビ、ゆっくり休みなよ。お休み」
「え、もう、いいの?」
「意志があるって判っただけでも、まぁ、良しとするよ。慎重にやっていかないとね」
「なぁんで?」
 クレイモアが首をかしげた。青い光に反射されて、不思議そうな顔が目に映る。
 青玉が、サファイアから手を離して腕を組んで、視線をクレイモアへ移す。
 「生命作り、失敗して変な進化をしたら、大変なことになるからだ」
「気長にやってくしかないんだねぇ。生命作り、面倒そう。だから、僕は月に生命を作りたくない」
作品名:一滴の海は辛く 作家名:かぎのえ