一滴の海は辛く
クレイモアは、お墓に視線を一点集中しているから、その奥にアースが居るような気がした。だって、その眼差しが、あまりにも、優しくて、甘かったから。
…嗚呼、アースは此処にもいる。
地球に体は送られたけれど、此処にもアースの魂は居るんだな、と思った。
だから、この行動をとった。
アースの墓に大声で、呼びかける。
「アース、クレイモアは立派に成長しましたよー!」
「……ッ紅玉、五月蠅いってか、は、恥ずかしいから、やめて…!」
耳がキーンとでもしたのか、耳を押さえて、彼は顔を少し赤らめて、俺を睨んだ。
ふん、嬉しい気持ちを表しただけだぜ?
「紅玉、僕に何の用事?」
小首をかしげて、不思議そうに問いかける彼に馬鹿、と俺は軽く小突いた。
「育成」
「あ、そうか、一緒にやるんだっけ!」
ぽん、と手を、納得! の意味でよくやる、あのポーズで、叩いて、俺の背に乗っかかる。
「さぁ、出発進行だ、紅玉号!」
「あんたさ、そういう人間めいたとこ、何処で覚えてくるんだよ……」
苦笑を浮かべつつも、俺は地球を育成する場所へ、向かった。
そこまでいくのには、歩いてだったら結構かかるだろうけれど、余計な道を省ける分、時間は短めで済んだ。
「紅玉様ですか?」
その場所に着いて、入ろうとするなり、止められた。
恐らく、クレイモアは入っては駄目だと言うつもりだろう。でも、そんなのしらないもんね。
「駄目だと言われても、クレイモアは一緒に入るよ」
「そうですか……では、上の者には、内緒ですよ?」
お。
なんだなんだ。神々にも、判る奴いるじゃん。
きっと、クレイモアがアースを凄く愛していたのを、知っているんだろうな。
でないと、許可は出来ないだろう。
後で聞いたら、アースの時も、一緒にはいるのを許可してくれた神らしい。
今の門番とは、仲良くなれそうだ。これからも、この神が居るときに、来よう。その方が話が早い。
「どうぞ、お入りください。入ったら、すぐに扉をお閉めください」
注意を受けて、頷いて、俺は有難うと礼を告げて入る。クレイモアもそれに続いて、有難う!と言って、入る。
中の屋敷は、真っ暗で、扉を開けて、クレイモアが部屋に入ったのを確認する。
それから、扉を閉める。
扉を閉めると、いよいよ闇は闇らしくなり、黒い空間が広がった。
ブラックホールみたいだ。
目線のちょっと上のあたりに、文字が出てきた。白い、文字。
何の文字だ、これ。クレイモアが通訳をする。
『貴方はサファイア? アクアマリン?』
「アクアマリン」
音声認識。
すると、一瞬の浮遊感。エレベーターで乗ってるときに感じるものに、よく似てる。
でも、実際変わったのは、文字が無くなっただけ。
黒い空間のまま。
その状態が暫く続いた後、アクアマリンの指輪が光る。
それが、一筋の淡い青の光を作って、一直線にどこかへ向かっている。
その指し示されてる方向に、二人で歩いていった。
……人数増えてたりしてないよな? 怪談でよくあるやつ。
歩いて数分した後、何かが見えてきた。
大きなアクアマリンの結晶。
大きさは、ボール以上。犬の像未満。
その中に、光り輝く結晶の中に、地球が星ごと入ってる。
クレイモアが月も、こんな感じだと言った。
「僕の場合は、ムーンストーンだった、名前の通り、月の宝石。月の守り神だからね」
「月の育成ってするの?」
「最初はしてみるんだよ、で、生命反応ないかどうか確かめるの」
ふぅん、と頷いてから、それで、と切り出した。
「どうするの、どうやるの育成」
「自分で考えてご覧」
「いきなり?! いきなり、それ?! 無理だ!」
「大丈夫だよ、自分一人で浮遊出来た紅玉なら」
僕のお墨付き、とクレイモアが笑った。
明るく光ってるとはいえ、眩しいほど光ってる訳じゃないから、顔はハッキリと照らされない。見えない。だから、俺の予測なんだけど。笑った気がした。
どうしよう、と唸る。
そんなお墨付きを貰われても、思いつきはしない。俺が何でもかんでも、すぐに思いつくと思うなよ?
キスしてみたり、抱きしめてみたり、撫でてみたり試行錯誤してみたが、どれもだめ。
次は水をあげようかと思っていたら、何かの音が聞こえた。
小さな小さな声。赤ん坊の泣き声。
嗚呼、星は、性質の悪い赤ん坊なのだな、と実感。ミルクを欲しがっている、死人を欲しがっている。
どうやったら、あげられるんだろう?
「降参」
クレイモアにお手上げだと告げると、語りかけてご覧、と言われた。
「抱きしめて、語りかけてご覧。心の中でも大丈夫じゃない? 話しかけていたよ、アースはいつも、そうしていたよ」
「何て言ってた?」
「日常生活のことの報告。今日朝ご飯が美味しく作れた、とか、庭の花が咲いた、とか」
「そんなことでいいの!」
「……心で呼びかけていた言葉は判らないけれど、紅玉なら辿り着けるよ」
やってごらん、と簡単にあんた言うけどなぁ…ああ、もう、がんばれ俺!
アクアマリンの中の赤子に、心の中で話しかける。
――あんたの子供の紅玉です。
元気ですか、マミー。
あんたが死人を欲しがらなくなる日まで、あんたの育成をすることになりました。
だから、育てたいんだけど、育て方が判りません。
唯一の頼れる親友クレイモアは自分でやれ、と言います。
まぁそれが当然なんでしょうけれど、少し困惑してます。
ヒントを貰っても、判りません。
嗚呼、でも、泣いているあんたを、なんとかして泣きやませたいです。
泣いてる子供は、放っておけません。
死人をどうやったら、あんたに与えられますか?
“紅玉”
……ん、声。
幼い子供のような、甲高い声。泣き声と似ていて。
もしかして、あんた、地球か?
“紅玉、紅玉。キスをして”
……さっきやったじゃん。
でも、まぁ、答えてくれなかったってことは、気づいてなかったと言うことで。
俺は、ちゅ、と音を立てて、アクアマリンに軽くキスを与えた。
するとどうだ。白くぼんやりとした光が、俺とアクアマリンを包み込んで、地球の景色を見せてくれる。
世界各国、いろんな国の景色と思われるものが、ぱっぱと目移りするように変わっていく。
“紅玉は、人が好き?”
……唐突だねぇ、うん、まぁ嫌いじゃないよ。
“じゃあ、死人を与えるのは反対?”
正直言うとね。
“じゃあ何故与えようとするの?”
あんたがそれじゃないと、育たないっていうからさ。我が儘ちゃんめ。
“知ってるよ、ごまかしても無駄だよ、知ってるんだよ。紅玉、転生したいからでしょ”
転生はもう諦めたよ。だって、あんた元から生命反応あるから、転生は出来ないって、言われたんだよ。
“そうなの? じゃあ、サファイアを育てればいいのに”
サファイアは、かみさんの担当だよ。そうでないと、命は救えなかったんだよ。
“どういうこと? どういうこと?”
あんた、クレイモアに似ているなぁ。話せば、長くなるんだよ。
それでも聞きたい?
地球は、うんと言ったので、話すことにした。話は長く、長く、俺の方が疲れてきた。