一滴の海は辛く
「それがねぇ、ある人のお誘いを待ってるんだけど、ある人は全然私なんか見向きもしてくれないの」
「ふぅん。それこそ、珍しいね」
「……ほら、今もしてくれない」
「え…」
きょとん、としてしまう。
その顔を彼女は、可愛いと言って笑い転げる。
ある人って俺?
「え、え、え? クレイモア、知ってた?」
「しーらない。だって、僕の興味対象外だもん、ロボットなんて」
「……――」
「でもね、ロボットでも、来迦は別だよ」
「…え」
「『来迦』プログラムに逆らう、来迦ロボット。面白いじゃん。ね、青玉じゃなくて、僕んとこ来ない? ちょうど、僕、家事が出来ないんだ」
「行く! 行くわ、私! 青玉ちゃんか、青玉ちゃんの友達がよかったの!」
「……おーい、アースが最初で最後の彼女だったんじゃなかったのかよ」
「そう言う意味の興味じゃないから、大丈夫」
「何が大丈夫、なのよ」
くすくすと笑い合う俺ら。
なんだかね、この関係って面白いね。いい感じだ。
来迦の部屋を出て、元ラージの屋敷へ向かう。そこの地下牢に、俺の死に神を待たせているのだ。
途中で、クレイモアにたんぽぽ二輪を摘んでもらった。花びらを毟らないようにさせるのには、苦労した。
未だに、短い命は嫌いらしい。つまり花は大嫌い。
その点来迦はロボットだから、大丈夫だろう。
それこそ、アース以上に長い間、一緒に居られるかも知れない。
地下牢は暗い。
目が暗闇になじむまで、数分かかったが、彼女を見つけるには、数秒だった。
元から短かったけれど、更に短くなった男のような髪は、暗闇の中でも、黒を強調していて。
瞳は、あの日のまま。あの出会った日のまま。
変わったことと言えば、服装が、黒い和服から、白い和服に変わったことと、手枷足枷付きくらいだろうか。帯まで白い。
正座している彼女に声をかけると、ゆっくりと振り向いて、頬笑んだ。穏やかな笑みだ。元が美人さんだからか、看守がそれに少し見惚れる。なんだかさ、妬けちゃうからさ、そう簡単に魅了しないでよ。
看守に頼んで、牢の中に入れてもらう。
タンポポと指輪を牢の中で受け取って、クレイモアにも看守にも、席を外してもらう。
彼らの背中を見送ってから、俺は彼女を見つめた。彼女も俺を見つめる。
どうしてなんだろう。
こういうとき、かける巧い言葉が浮かばない。緊張しだす。やべぇ、俺純情少年みたい。
とりあえず、彼女愛用の黒い糸を渡して、「作戦」を話す。
彼女はげらげらと笑い、それから、判ったと頷いた。
「お前はいつも、突飛なことを思いつくね。高校受験の面接のときも、そうだった。敬吾、だっけ? あいつと仲良くなった方法とか、試験対策とか…」
「……どうせ、変わりもんだ。でも、そんな俺を好きになったお前も、変わりもんだぞ」
「判ってる。死に神長でありながら、人間に恋したんだから、変わり者以外の何者でもない」
「……死に神長、か」
ふむ、と俺は唸る。
新しい死に神長は誰だか聞いてない。
多分、クレイモアに聞いても判らないだろう。
来迦だったら、知ってるかも。
「アタシは、後悔してないよ」
「ああ、後悔しなくなったんだ」
「お前のお陰でね。お世話になりました」
その言葉に吹き出す。
すると、彼女は少し、じと目で見遣るが、すぐにくすくすと笑ってから、目を閉じて、口づけを強請る。
今まで彼女なんて居なかった俺は、少し照れくささを感じつつ、その唇にゆっくりと、かさかさに乾いてるような気がする――幽霊だからそんなことはないんだろうけれど――、唇を重ねる。
初めてキスしたときは、何も感想なんてなかった。悲しかったかも、憎かったかも。それくらいで。
でも、今は、幸せ絶好調状態で。
ゆっくりと、離した。
それから、お互い、笑い合う。
死者と死に神のキス。ありそうで、ない気がしない?
それから、持っていたタンポポの茎を裂いて、輪っかを作る。
二つの花で、二つ輪っかが出来た。
それを背中に隠して、それからクレイモアから受け取った指輪を取り出した。
「汝、健やかなるときも病めるときも愛することを誓いますか?」
真面目くさく言って、目を細める。
その言葉に、ぶっと吹き出す、俺の死に神。
「何だお前。馬鹿だねお前」
げらげらと笑い転げる彼女に、俺は口をとがらせる。
――だって、折角なら楽しんだ方がいいじゃん。
色気もないこんな「作戦」。それならいっそ、こんなこと言っちゃうのも有りでしょ?
俺の死に神は、くすくすと笑ったまま、誓いますと答えた。
それから、俺にも同じ言葉を言った。
ああ、やっぱり、お前も楽しみたいんだな。
俺も誓いますと答えて、指輪をお互い交換しあった。
俺の死に神には、サファイアの指輪を。俺の指には、アクアマリンの指輪。
きっと、外に出たら落ちて外れてしまうだろうから、幽霊を絞められる糸で、長い輪っかをつくってもらって、それに指輪を通して、首にひっかけた。
ペンダントみたいにしてもらったのだ。
「これで、夫婦」
「こんなに短い交際期間で、しかも俺初恋よ? どうよ、この感じ」
「いい感じじゃね?」
「お前ならそう言うと思った!」
「だって、アタシ幸せだし、お前もだろ」
けらけら笑うのが、答え。どうしよう、笑いが止まらない。
怖い? 悲しい? 楽しい? 嬉しい?
判らない。それを一生判ることはないんだろう。だって、判らなくたって、幸せには変わらないから、別に理由なんて要らない。だから、判らなくったって平気。
そして、おまけで、俺にしてはこれが大本命の、タンポポの指輪をさっと差し出して、首をかしげる。
受け取りますか、マイスイートハニー。
貰った指輪のように、立派じゃないけれど、一日でしなびて、使いもんにならなくなるであろう指輪だけど。
一世一代の告白だ。ドキドキする。
最初はどういう事か判らなかったのか、きょとんと彼女はしたが、すぐに察してくれて、指輪の交換を、また俺たちはした。
それから、牢から出してもらって、俺の死に神も、同じ場所へ向かう。
処刑台。
やっぱり、俺の死に神が、してきたことは許されないこと、となる。世間的にも。
そして、彼女にとっても。
それ故、お偉いさん方が会議して、処刑しようと決めたのだ。
白い和服は死に装束。
俺は、彼女が納得しちゃっても、反対するつもりだったが、彼女の口から、生きたいと聞けたので、安心して、「作戦」を思いつき、それを実行した。
問題は処刑するまでに、それが受け取れるかどうかだったのだが、難なくクリア。
さぁ、お立ち会いお立ち会い。
皆さん、良い席とっておくんなまし。
これから始まるショータイム、お偉いさん方には、ちぃと心臓に悪いぜ。
俺のしているタンポポの指輪が、地に落ちる。
*
お偉いさん方が、集まる。公開処刑だもんで、見物人ならぬ、見物神が集まる。
処刑場は、コロシアムみたいな建物で行われる。俺らは席を取っておく。
クレイモアなんか、鶏二匹連れてきてる。
一匹は自分で持って、もう一匹は来迦が持って。