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一滴の海は辛く

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違う世界の存在を、巧く、作れるか。
青玉、その言葉の意味をお前は知ってるか?」
 判らないと答えると、サファイアだよと答えた。

 「サファイア、未知の可能性だ。新たな可能性だ。青玉、新しい星が生まれるんだよ」
「意味がわからない」
「地球のほかに、もう一つ星に、生命が生まれる可能性があるんだ。その育成も、頼みたい。
青玉、お前の名前は、サファイアという星からだ。お前、サファイアに生命を作れたら、転生出来るぜ」
 その言葉に喜ぶと同時に、途方に暮れたのは内緒。
何故途方に暮れるかって? だって、えらく先の話のようじゃないか。すぐにでも転生出来るかと思ったけど、世の中そんなに甘くないようだ。


 「サファイアは何処で育てるの?」
「アタシらが住んでいる世界。ルーレさ」
「ルーレ?」
「ああ、ルーレ。人間は其処には一人もいない。神々しか居ない。
その環境に慣れて欲しいから、行く前に三日間、仮世界作るから、アタシと住んで貰うよ」
「いやーん、同棲ー」
「馬鹿」
 からかうようにそう言うと、俺の死に神は、顔をかっと赤くさせて、俺を睨み付ける。
あんたの中に優しさを見つけたから、どんなに凄まれても怖くないぜ?
 にやにやしていると、俺の死に神は顔をそらして、ため息をつく。なんか、ぶつぶつと独り言が聞こえたけど気のせいかしらん?

 俺の死に神が、手をばっとあげて、移動、という言葉と一緒に口早に何事か唱える。
 すると、エレベータに乗って、ずっと下を向いてるときに、目的の階にたどり着いたときの、変な気持ち悪さを感じた。
 そして、気がつけば、白い部屋にいた。
 「何、此処」
「此処で、様々なルーレの姿を映し出す。それに慣れる練習場所だ」
「何で白いの?」
「お前、映写機が向ける画面は何色だ?」
 にやにやとして俺の死に神が、俺を見遣る。俺は、嗚呼成る程と頷き、納得した。
 俺がむっとするとでも思ったのか、期待はずれのような顔をして、俺の死に神は、じゃあ、始めるよ、と世界を映し出した。
 まず一日目で映されたのは、空。
 幽霊たるもの、浮かぶことすら出来ないと、と意気込んでいた。
 俺のことなのに何で、あんたが張り切るのかなぁ? 不思議でしょうがない。
 「どうやって浮かべばいいのさ」
「……それは、お前。アタシは幽霊じゃないから、分かんないよ。まぁ、死に神が空を浮く方法は知っているけどね」
「…どうやって、あんたは浮いてるんだ?」
「祈るのさ。神に」
 凶悪な顔つきッ。指名手配されちゃうよ、女の子がそんな顔しちゃ駄目でしょ。
 と、注意をしたら殴られた。
 死に神が、神に祈る……。なんというか、まぁ、おかしなこと。
 なんで神に祈るんだろう、と口に出すと、俺の死に神は、そうさな、と口を開く。
 「少し、頼りたいんだろう。自分の知り合いに」
 友達から力を借りるってことかな。そういう解釈でいいか。
 でも、俺には祈る神なんて居ないから、その日は、部屋に映る空だけを眺めていた。
 ――十分これで、空を飛んでいる気持ちになれるんだけどな。だって、ほら、地上が小さく写されてる部屋だし? 床なのに。床だと分かっていても楽しい。
 「これで、風でもあったら、最高だね」
「ああ。風の強い日に浮遊するのは楽しいぞ」
 俺の死に神は、嬌笑しながら空へと思いをはせる。そんな笑みやめてくれ。こう見えてもさ、女性経験ってのはないんだからさぁ!?
 ――風の強い日は、きっと空を浮かぶだけで、移動させられるのだろう。
空高く、空高くあがっても、空圧なんて感じないだろうし、幽霊の俺は……ん?
 「幽霊なのに、俺、風触れるかな」
「……お前なら、触れるさ。きっと」
 俺の死に神は、こちらを見ずに、天井の空を遠くを見つめるように眺める。その口ぶりは、何だか、前から俺のことを知っているような口ぶりだった。
 ――そういえば、やけに親切だし、もしかしたら……と思って、口に出た言葉。
 「ひょっとして、生きてるときに、会ったことある?」
「え?」
 その言葉に、弾かれたように反応して、俺の死に神は俺をじぃっと見つめる。
優麗なその黒い瞳は、何処か興奮気味のような気がして。静かな混乱、そう言うのが正しいのかもしれない。
 でも、その目の色はすぐに正常に戻る。
 「何でだ? アタシぁ死に神だ。会ってるわけ無いだろ」
「……」
 じゃあ今の反応は何なんだよ、と言うのも良いけれど、彼女がそう言うんなら、そういうことにしておこう。

 二日目は、ルーレの文化について色々教わった。
 勉強づくし。テストだって出た。俺、幽霊だからエンピツ持てないのに。そういうときは、口で答えろ、と言われた。死んでまで勉強。お化けには試験なんてないんじゃなかったっけ?!
 テストは、百点満点中、六十八点という微妙なもんだった。やり直しさせられた。次のテストは、九十点をとれた。その出来に、俺の死に神は満足そうだった。
 「これなら、向こうに行っても、すぐに適応できる、環境に。違和感なく過ごせるよ」
「そんなの実際行ってみないと判らないじゃないか」
 俺の死に神はその質問には答えず、映る環境を変えた。そこは恐らくルーレだろう。
…本当だ、全然違和感ねぇ。恐れ入りました。
 三日目、ラストの日は、ルーレの移動の仕方を教えて貰った。
部屋に入るには、壁をすり抜けるんだって! なんだか、面白そうだから、わくわくした。
 「お前、楽しそうだな」
「うん、だって楽しいよ。最初はちょっと嫌だったけれど、でも、なんか死んで得したこと、一つ目、みたいな、さ」
 笑顔を浮かばせると俺の死に神が、憂いだ目つきをする。

 ――何故? 何故そんな目をする?
 あんたのそういう目は、何処か悲しくて嫌だ。そんな顔しないで。そんな目、要らないよ。第一、今のは楽しく、本当に楽しく話したんだから、哀れみなんて要らないよ。


 俺は、自分の顔の造形をいじった。つまりは、こう、ほっぺをひっぱったり、目を伸ばしたり。
 ……彼女は、突然のことに、ぶはっと大声で笑い出して、腹を抱えた。
それから、笑いが収まるとその目には哀れみはなくて。穏やかに柔らかな目つきに戻って、こう言った。
 「お前のそう言うところが好きだよ」
「俺は、お前の優しいところが好きだ」
 なんて言い返すと、お互い爆笑して、似合わないなんて貶しあう。

 ――それでもな、俺の死に神。
 この胸の高鳴りは、感じたことが無くて。だから、正体が判らなかった。
判っていたら、きっと俺は、……すぐに、この時に、口にしていただろう。

 ――それでもな、俺の死に神。俺は……。

*

 神々がすむという世界。
 その名はルーレ。地球となんだ、対して変わらないし、人だって変わらないじゃん。
 ただちょっと、キリンに似たロバとかがいるだけでさ。

 ルーレの人々は老いも若きも居た。
服装は現代風のものもいれば、昔の中世的な人、平安的な人もいて。
 中には半裸がいたけど、原始人の神だと心の中で思っておこう。

 一番大きな建物は、白くて大きくて、ギリシャ神話を思い出させる。
そこにお偉いさんが居るらしい。
まだ見ぬお偉いさん、転生よろしくたのみまぁす。
作品名:一滴の海は辛く 作家名:かぎのえ