一滴の海は辛く
何も持ってないと思ったんだ。
俺はごく平凡の高校生で、ほかの奴らみたいに彼女とかはいなかったけれど、それでも普通の高校生。
何にも、持ってないと思ったんだ。
実際飛び抜けた才能なんてないし、それを持ってる友人に嫉妬したりしてたときもあった。
じゃあ、こんな俺、生きててもしょうがないじゃん?
なんて、思春期の女の子が考えそうなことを考えて、実際に行動してしまった馬鹿が一人ここに。
黒い服の、喪服っていうんだっけ? あれを着た人が集う。
学校の奴らは制服で。
親友が、泣いていた。
「何やってるんだよ、馬鹿野郎!」
――ごめんなさい。
「何だってこんな馬鹿なことしでかしてんだよ!」
「敬吾、よしなさい」
「うるっせぇ、黙れ! 俺はあいつに文句があるんだ! なんだって、なんだって死んだりするんだよ!? よりによって自殺!? テメェ逃げるのか、死んで逃げたつもりか」
――いや、別に。ただ、いらないなら、死んだ方がいいのかなって思って…。
「テメェ、俺に嫌がらせか!? 最大級のいじわるだな、このやろう! 借金してた三万は返さねぇぞ!」
――墓に返せよ。
「何で相談の一つもしなかったんだよ!」
――……。
「俺がそんなに嫌いか? そんなに俺が信用できなかったか?!」
――……違う。違うよ。敬吾。
俺のただの我が儘さ。ただの、短絡的思考。あんたのせいじゃない。
あんたに相談しなかったのは、あまりにくだらなすぎて、相談できなかっただけ。
だから、泣かないでくれよ。
涙を、見せないで。
空知らぬ雨を降らせないで。
「……ばっかやろう…逝くのが、早すぎるだろ?」
――そこまで泣かれると、未練がでちまうじゃないか。
こんな俺でも、実は生きてて良かったんじゃないかって思っちゃうじゃないか。
馬鹿。馬鹿。馬鹿。馬鹿敬吾。
馬鹿すぎて大好きだよ。
「で、どう?ご感想は」
「俺の死に神」が、声をかけてくる。
黒い着物に、黒い髪の毛。鴉の濡れ羽色といえるほど、髪は綺麗ではなかったが、代わりに美人だった。鼻筋は通っていて高くて、和装のくせに西洋的な美しさを持っている。眉目秀麗、そういうのかな。
綺麗な女の人だった。
死に神っていうと、鎌とか持ってるイメージがあったけど、彼女が持ってるのは、黒いピアノ線みたいな糸だけ。この糸で死人を切ったり、絞めたりするんだって。
彼女が片笑む。
「感想はどうだ?」
彼女がまた同じ言葉を口にする。目をつむり、片手で首までの髪の毛を掻き上げて、俺の言葉を待つ。
俺は、反応なんか出来なくて、気づけば泣いていた。押し寄せてくるこの悲しみは、後悔というのだろうか。知らない。こんな、深い悲しみ、味わったことがないので、他にも味わったことがある奴は居ないだろうとしか思えない。居るとしたら、……――考えたくない。
「もう一回……」
「……」
「もう一回、俺、生きられないかな」
ぽつりと気づけば呟いていた。呟いてから、はっとして、口を押さえる。
口を押さえる手が震えていて、初めて、これが死に対する恐怖だと悟った。この後悔は、過ちを起こしてしまったことに気づいたときの感覚に似ている。
そして、思うんだ。嗚呼、死んだのだな、と。漸く自覚する。
俺の死に神は、少し手を伸ばして、何か言いたそうに見遣る。その表情は、何処か暗いものと少し焦がれるものがあるような目だった。
でも、すぐにそのためらいは消えて、そして俺はその目を意識してないので問うことがないと、彼女はその職業にあった無情な声を。
「自殺した奴はね、罪が重くて転生、生まれ変わりはできない。お前は消えるしかないんだよ、坊主」
「……――」
「さぁ、大人しく、この糸で絞められて消えちまいな」
「……――初めてなんだ。こんなに、生きたいって思ったの。あんなに思われてたんなら、なんで、俺は自殺なんてやったんだろう、なんて思うんだ。
なぁ、お願いだ、俺の死に神。もう一回、もう一回生きさせて。今度は自殺したりなんかしない」
――もう、誰に縋れと言うのか。誰に頼めと言うのか。
他に頼れるのも、願いを叶えることが出来るのも、目の前の死に神だけで。
そんな状況だからか、必死に彼女の手を握り、懇願する。生まれて初めてこんなにも、いろんな生きていた頃の景色や思い出が脳裏によぎる。心からまた見たいと。
――空はあんなに愛しかっただろうか。水の冷たさはあんなに優しかっただろうか。生き物はあんなに羨ましく感じただろうか。生きていた中で。
死んでから分かるなんて、なんて酷い仕打ち。否、自業自得か。
俺が彼女に縋って、そう言うと、彼女は黙り込んでから、にっと笑まいを浮かべた。
「お前の気持ちは、よぅく判った」
「…そ、それじゃ……」
「お偉いさんに、かけあってみるよ」
「本当か?!」
「ああ、本当さ。暫く待ってるんだよ、坊主」
俺は浮かれていた。彼女が願いを聞き入れたから、優しいな、と思ってた。
俺は気づいちゃ居なかった。
これは全て、彼女のし向けた出来事だってことに。彼女が催眠で俺を自殺に追い込めて、それで再び生きたい気持ちを取り戻させて……あんなことさせるようにしたことに。
これは、全て彼女の仕組んだ出来事。
――俺の死んだ後に行った世界の話、この話は。
でも、予想外の出来事もあったと、彼女は後に笑って語った。
そんな彼女を見て思ったことは、今は言えない。
*
「有り難うな」
俺はあの後、親友の夢枕に立って時間をつぶしていた。方法は分からなかったが、俺の死に神が教えてくれて、俺はからかっては親友を泣かせたり、怒らせたり、笑わせたりしていた。
そしてそれの終わりはこの言葉と、俺の死に神の到来。
別れを告げると、親友は白い歯を見せて、笑って、「残す側の気持ちになれ」と最後に悪態ついた。
俺の死に神にも礼を言う。すると、俺の死に神は少し居心地が悪いような顔をする。照れているのだろうか? かーわいいーってからかうと、げんこつが飛ぶんだろうなぁと思いつつも行動に移していたら、予想外にも真面目に答えられた。
「……未練あっちゃ、かわいそうだしね」
「……ん。あんた、優しいな。……で、返事は?」
「……足我、お前、名前を捨てられるか?」
「え……」
「お前はこれから、青玉として生きられるか」
死に神のお偉いさん方諸々は、こう提案したらしい。
ルーレという神々が住む世界に、行って、そこで地球ともう一つの星を世話しろと。
――地球を世話する? どういうことだ、と聞くと、彼女は真剣な顔をして答える。
これから言うことは全て本当のことだと、信じてくれ、と。
「地球は、死人を食って生きるんだ」
…は?
「地球は、赤子同然でね。死人がミルクなんだよ。死人の魂が。そして、永遠の赤子を育てる」
嫌な赤子。俺は思わず顔を顰めていた。それに気づいた俺の死に神は、苦笑を浮かべて。
「育てる意味は?」
「お前ね、馬鹿だろ。地球がなくて困るのは誰だ? お前ら人間だろ」
「じゃあ、質問を変える。何故もう一つ星を育てる?」
「…実験だよ。生命を作れるかどうか。
俺はごく平凡の高校生で、ほかの奴らみたいに彼女とかはいなかったけれど、それでも普通の高校生。
何にも、持ってないと思ったんだ。
実際飛び抜けた才能なんてないし、それを持ってる友人に嫉妬したりしてたときもあった。
じゃあ、こんな俺、生きててもしょうがないじゃん?
なんて、思春期の女の子が考えそうなことを考えて、実際に行動してしまった馬鹿が一人ここに。
黒い服の、喪服っていうんだっけ? あれを着た人が集う。
学校の奴らは制服で。
親友が、泣いていた。
「何やってるんだよ、馬鹿野郎!」
――ごめんなさい。
「何だってこんな馬鹿なことしでかしてんだよ!」
「敬吾、よしなさい」
「うるっせぇ、黙れ! 俺はあいつに文句があるんだ! なんだって、なんだって死んだりするんだよ!? よりによって自殺!? テメェ逃げるのか、死んで逃げたつもりか」
――いや、別に。ただ、いらないなら、死んだ方がいいのかなって思って…。
「テメェ、俺に嫌がらせか!? 最大級のいじわるだな、このやろう! 借金してた三万は返さねぇぞ!」
――墓に返せよ。
「何で相談の一つもしなかったんだよ!」
――……。
「俺がそんなに嫌いか? そんなに俺が信用できなかったか?!」
――……違う。違うよ。敬吾。
俺のただの我が儘さ。ただの、短絡的思考。あんたのせいじゃない。
あんたに相談しなかったのは、あまりにくだらなすぎて、相談できなかっただけ。
だから、泣かないでくれよ。
涙を、見せないで。
空知らぬ雨を降らせないで。
「……ばっかやろう…逝くのが、早すぎるだろ?」
――そこまで泣かれると、未練がでちまうじゃないか。
こんな俺でも、実は生きてて良かったんじゃないかって思っちゃうじゃないか。
馬鹿。馬鹿。馬鹿。馬鹿敬吾。
馬鹿すぎて大好きだよ。
「で、どう?ご感想は」
「俺の死に神」が、声をかけてくる。
黒い着物に、黒い髪の毛。鴉の濡れ羽色といえるほど、髪は綺麗ではなかったが、代わりに美人だった。鼻筋は通っていて高くて、和装のくせに西洋的な美しさを持っている。眉目秀麗、そういうのかな。
綺麗な女の人だった。
死に神っていうと、鎌とか持ってるイメージがあったけど、彼女が持ってるのは、黒いピアノ線みたいな糸だけ。この糸で死人を切ったり、絞めたりするんだって。
彼女が片笑む。
「感想はどうだ?」
彼女がまた同じ言葉を口にする。目をつむり、片手で首までの髪の毛を掻き上げて、俺の言葉を待つ。
俺は、反応なんか出来なくて、気づけば泣いていた。押し寄せてくるこの悲しみは、後悔というのだろうか。知らない。こんな、深い悲しみ、味わったことがないので、他にも味わったことがある奴は居ないだろうとしか思えない。居るとしたら、……――考えたくない。
「もう一回……」
「……」
「もう一回、俺、生きられないかな」
ぽつりと気づけば呟いていた。呟いてから、はっとして、口を押さえる。
口を押さえる手が震えていて、初めて、これが死に対する恐怖だと悟った。この後悔は、過ちを起こしてしまったことに気づいたときの感覚に似ている。
そして、思うんだ。嗚呼、死んだのだな、と。漸く自覚する。
俺の死に神は、少し手を伸ばして、何か言いたそうに見遣る。その表情は、何処か暗いものと少し焦がれるものがあるような目だった。
でも、すぐにそのためらいは消えて、そして俺はその目を意識してないので問うことがないと、彼女はその職業にあった無情な声を。
「自殺した奴はね、罪が重くて転生、生まれ変わりはできない。お前は消えるしかないんだよ、坊主」
「……――」
「さぁ、大人しく、この糸で絞められて消えちまいな」
「……――初めてなんだ。こんなに、生きたいって思ったの。あんなに思われてたんなら、なんで、俺は自殺なんてやったんだろう、なんて思うんだ。
なぁ、お願いだ、俺の死に神。もう一回、もう一回生きさせて。今度は自殺したりなんかしない」
――もう、誰に縋れと言うのか。誰に頼めと言うのか。
他に頼れるのも、願いを叶えることが出来るのも、目の前の死に神だけで。
そんな状況だからか、必死に彼女の手を握り、懇願する。生まれて初めてこんなにも、いろんな生きていた頃の景色や思い出が脳裏によぎる。心からまた見たいと。
――空はあんなに愛しかっただろうか。水の冷たさはあんなに優しかっただろうか。生き物はあんなに羨ましく感じただろうか。生きていた中で。
死んでから分かるなんて、なんて酷い仕打ち。否、自業自得か。
俺が彼女に縋って、そう言うと、彼女は黙り込んでから、にっと笑まいを浮かべた。
「お前の気持ちは、よぅく判った」
「…そ、それじゃ……」
「お偉いさんに、かけあってみるよ」
「本当か?!」
「ああ、本当さ。暫く待ってるんだよ、坊主」
俺は浮かれていた。彼女が願いを聞き入れたから、優しいな、と思ってた。
俺は気づいちゃ居なかった。
これは全て、彼女のし向けた出来事だってことに。彼女が催眠で俺を自殺に追い込めて、それで再び生きたい気持ちを取り戻させて……あんなことさせるようにしたことに。
これは、全て彼女の仕組んだ出来事。
――俺の死んだ後に行った世界の話、この話は。
でも、予想外の出来事もあったと、彼女は後に笑って語った。
そんな彼女を見て思ったことは、今は言えない。
*
「有り難うな」
俺はあの後、親友の夢枕に立って時間をつぶしていた。方法は分からなかったが、俺の死に神が教えてくれて、俺はからかっては親友を泣かせたり、怒らせたり、笑わせたりしていた。
そしてそれの終わりはこの言葉と、俺の死に神の到来。
別れを告げると、親友は白い歯を見せて、笑って、「残す側の気持ちになれ」と最後に悪態ついた。
俺の死に神にも礼を言う。すると、俺の死に神は少し居心地が悪いような顔をする。照れているのだろうか? かーわいいーってからかうと、げんこつが飛ぶんだろうなぁと思いつつも行動に移していたら、予想外にも真面目に答えられた。
「……未練あっちゃ、かわいそうだしね」
「……ん。あんた、優しいな。……で、返事は?」
「……足我、お前、名前を捨てられるか?」
「え……」
「お前はこれから、青玉として生きられるか」
死に神のお偉いさん方諸々は、こう提案したらしい。
ルーレという神々が住む世界に、行って、そこで地球ともう一つの星を世話しろと。
――地球を世話する? どういうことだ、と聞くと、彼女は真剣な顔をして答える。
これから言うことは全て本当のことだと、信じてくれ、と。
「地球は、死人を食って生きるんだ」
…は?
「地球は、赤子同然でね。死人がミルクなんだよ。死人の魂が。そして、永遠の赤子を育てる」
嫌な赤子。俺は思わず顔を顰めていた。それに気づいた俺の死に神は、苦笑を浮かべて。
「育てる意味は?」
「お前ね、馬鹿だろ。地球がなくて困るのは誰だ? お前ら人間だろ」
「じゃあ、質問を変える。何故もう一つ星を育てる?」
「…実験だよ。生命を作れるかどうか。