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一滴の海は辛く

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 来迦が、俺らについてくる。何処か不安そうな顔で。足取りも何処かおぼつかない。
 元気な姿が似合う彼女らしくはない。
 「どうしたの?」
「……わ、私を、こんなとこに、置いていかないで…一人で、ここにいるのは、辛い。何も、出来ない。どうすればいいのか、判らない」
「……どうすればいいか判らないって、何で?」
「私、ロボットなの…だから、主人がいない今、どうすればいいか、判らないの。
最後の命令、あなた達を地下牢から出すっていうのも、もう果たしちゃったし…」
「ロボット?! あんたがか?!」
 俺はまじまじと、来迦を見つめる。
 信じられない。人間と、否、神々と同じような、つやつやの肌に、透明な黒の瞳。どこからどう見ても、神そのもので。
 だって、あんた触れるから神じゃないの!?
 ――よぅく、見てみると、その瞳の奥に機械的なものが見えた。

 クレイモアはそんなに驚いてない。
 どうしてか、聞いてみると、ラージには死んだ妹がいて、彼女を再現したロボットがいるって噂だったから、と答えた。
 「死んだ妹?」
「私は、『来迦』という人物の、性格と力がプログラムされたロボットなの。その『来迦』が、妹。
 私は、いつでも、彼女であるようにセットされてるの。
 でも、もう、判らない。彼女の兄が居ない、主人が居ない、どうすればいいのか、判らない。来迦として、どうすればいいのか、判らない」
「……来迦として生きられないのなら、来迦のプログラムをとってしまえばいい」
「そう簡単に言わないで! ロボットにとってプログラムは、命なの!」
「……」
「私だって、私だって、来迦じゃなく生きたい。でも、でも…!」
「変わるには、他のものからの影響が、大事だよ。クレイモアがいい例だ。
 俺と関わったことで、だいぶ変わったんじゃないかな。エピオラの口ぶりから」
「……他からの関与」
「そう、関与」
 頷いて、手を差し出してみた。
 ――このまま、屋敷の中に居るだけじゃ、変わらないよ?
 屋敷の中で、鳥籠の鳥のように過ごすだけじゃ、何も変哲のない日々を送るだけだ。
 外に羽ばたいてみないと。もしかしたら、餌の取り方が判らなくて死んだり、飛べないかもしれないかもだけど、でもやってみる価値はあるよ、きっと。

 彼女は、手を遠慮がちに握りかえした。

 一緒に、行こう。

 止めよう、一緒に。エピオラを。
 あんたの兄さんのような人を、出さないように。

 ――俺は、『来迦』プログラムを、本当の意味で判っては居なかったのだと、後に思わされる。

*

 「エピオラって、地球の化身なの!?」
「ああ、もとは死に神じゃなかったらしい」
「……しーんじらんないなぁ…青玉、嘘ついてない?」
「ついてないついてない。あんた、知らないのか? …本当に、ラージの次は、サーファイトだと思うか?」
「化身が居たのって、僕が生まれる前の話だもの。
……その話からすると、復讐の目的は、サーファイトの大切なもの壊し。それと、暗殺の順番で徐々に自分に近づいて行ってるのに気づいてるだろうから、怯えさせるってのもあるだろうね。
 青玉に地球を壊させて、サーファイトが動揺したところで、油断してるだろうからそこを、ぶすっと。あ、死に神だから、ぎゅっ、か。」
 あっはっは、って、笑い事じゃないんだぞ、クレイモア。
 あんたのその陽気なところに、少し助けられてるところもあるんだけどさ。
 さっきだって、そう。
 あんたが止めてくれなかったら、俺はきっと壊そうとしていた。
 ――この思いを口にするならば、きっとこの言葉。
 「有難う……」
 俺にしては、ずいぶんと小さな声で言った所為か、クレイモアの反応は酷かった。
 「え、何青玉、トイレ?」
「違うよ、馬鹿! もういい、なんでもない!」
「おかしな青玉。馬鹿なのはどっちだかね」
 つん、とそっぽを向いて走りながら、サーファイトの宮殿が見えると、指をさす。
 「あそこだよ!」
「兄様が殺されてるのなら、もしかしたら…もう…」
 来迦が少し哀愁を帯びた顔をする。俺は首を振った。
 「大丈夫、エピオラが殺すより先に、俺が殺すから」
「青玉ちゃん?! な、…と、止めるんじゃ…」
「止めるよ。エピオラは。でも、そんなんじゃ俺の気も、クレイモアの気も、エピオラの気も済まないだろ? なぁ、クレイモア」
「おうともよー! だっけ? こういう時の相づち。アースを殺したのは、隻眼の男。隻眼の男に命じたのはラージ。ラージの依頼を受けたのはエピオラ。そんなはめになったのは、サーファイトの所為。なら、サーファイトをとっちめたら、万事解決!
てか、僕らの貧困な頭じゃそれくらいしか、思い浮かばないもんねぇー?」
 げらげらと笑うクレイモアに、俺。
 それを見て、ため息をつく来迦。俺は、苦笑浮かべて、来迦の頭を、彼女の兄が撫でたように撫でてみた。
すると来迦はびくっとして、こちらを向いた。
 予想以上の反応だ。それに少し驚き返しつつ、にこりと頬笑んだ。
 「大丈夫。冗談だから。止める、これ以上殺人させないために、彼女の手を汚させないために、動いて居るんだから」
「え、そうなの?」
 何であんたが反応するんだよ、クレイモアさん。……クレイモア、あんた、本気だったのか。
まぁとにかく、なんとかして、止めたい。

 宮殿は広い。
 ということで、分かれて探すことになった。
 俺は壁をすり抜けられるから、鍵のかかってる部屋などを。
 クレイモアは庭と廊下を。
 来迦はエントランスとか、普通の人でも出入り出来るところ。

 ――エピオラ。エピオラ。
 もう二度と、ああは呼べないけれど、あんたが嫌だって言うのなら、他の呼び名を考えるよ。
 なぁ、だから、こんな悲しい狂騒は止めにしないか?
 ばかげた狂騒とは言えない。
 だって、あんたにとっちゃ、真面目なこと。俺の自殺と同じ、出来事なんだろう。
 考え出したら、止まらなくなっちゃって、こうなっちゃったんじゃないの? 実行しなきゃ、って思ってしまったんじゃないの?
 大丈夫。
 俺の自殺が、修正できたように、あんたの罪も修正できるよ。
 消えないものなんて、ないんだぜ?

 壁をすり抜けすり抜けすり抜ける。
 嫌な感触。すり抜けるたびに、ぞわりぞわりと、妙な感覚が押し寄せる。
 幾つすり抜けただろうか。判っちゃ居るけど、宮殿は広い! 広すぎる!
 段々走ってるのが疲れてきた。
 幽霊なら浮遊して移動しろよと思うお方もいらっしゃると思いますが、でも、俺は浮遊なんて器用な真似出来ないんです。
 ふっつーに、歩くことしか、出来ない駄目幽霊。
 エピオラに聞いたよな、やり方は。確か、なんて軽く思ったりしたとき、血の道と、小太りの爺様を見つけた!
 覚えのある団栗眼、間違いない!
 「サーファイト!」
「せ、青玉?!」
 少し怯えた目つき、その目はエピオラと遭遇したということを、言葉無く語った。
 そして、多分、襲われたであろう……、嗚呼、下腹部に血がついてる。血の道が出来ているのは、これの所為か。
 逃げてきたのだろう。でも、馬鹿だねあんた。この血の道見れば、何処にいるかわかっちゃうよ。
作品名:一滴の海は辛く 作家名:かぎのえ