一滴の海は辛く
緊張する、それを察知もせずに軽々とドアを開けて、入る来迦。
中には、背が少しクレイモアよりか低いくらいの青年がいた。
灰色の髪に、来迦と同じ黒い瞳。細眼だけど。
やんわりとしている物腰。っぽくみえるけれど、実際はそうではないんだろう。
優しい人だったら、あんな門番つけないし、拷問好きではないし、地下牢とかない。
それにどこか、急いているような気がして。
「来迦、どうした?」
「あのね、兄様に会いたいって青玉ちゃんが、来たの」
「…青玉……がか?」
そういって、俺の方を見遣る。
にこりと頬笑むも、その目にはいい印象を持つことはなかった。
何か企んでいるような奴の目だ。サーファイトと同じ。
「よぅ、よく来てくれた。お友達のクレイモアは、地下牢だ」
「俺の……じゃなく、エピオラは?」
「……エピオラは、別室だ。あの方を、地下牢なんかにおけるわけ、ねぇだろ?」
「あの方?」
俺がきょとんとすると、少しだけ加虐的な笑みを浮かべるラージ。その目に少し威圧感を感じながらも、抵抗感も感じた。
「……だって、ほら、死に神だしぃー?」
ああ、そういえば、暗黙のルールで死に神を怒らせてはいけないって、言ってたな、俺の死に神も。
「で、何しに来たんだ?」
「あんたと話しにきた。あと、警告を」
「俺の暗殺なら、知ってンぜ」
知っている…?
ど、どこから、知れたのだろう。クレイモアが話したかな。
俺が少し動揺しているのを見て、ラージはくくっと笑い崩れた。
「ひっかけだよ、ばーか。んなの、知ってるわけねーだろ」
「…兄様、青玉ちゃんをからかっちゃ駄目よ」
「俺以下の生物は、からかっていいんだよ、来迦」
来迦を見るときだけは、優しげな瞳をするもんだ。俺への目は冷たいのに。
柔らかく頬笑んで、来迦に近寄って、彼女の頭を撫でた。優しく撫でられるその感触に、うっとりとする来迦。その表情を見て満足げなラージは、目つきを少し怖いものに変えて、俺を見遣る。
「で、誰が狙ってるんだ?」
「…サーファイトか、死に神長か……どっちか」
「……サーファイトか、死に神長のどっちかか。ふむ……死に神長だったんなら…契約違反だな…。まぁ、青玉を殺そうとして青玉計画を止めようとしていた俺も違反だが」
「え…青玉計画…なんで、知って……え、ちょっと待てよ。殺そうとした?」
「他には……アース殺しも、サン殺しも、俺が依頼した、死に神長に」
…ぽかぁん。なんて、音が出そう。
俺の頭は真っ白。絵の具でばしゃーって、脳みそにかけられちゃいましたーって。
こいつは、なんて、言った?
アースを殺させたのは、こいつ?
サンを殺したのは、死に神長?
――白い、ふつふつとしたもの。
カラーは白。それなのに、ぼこぼこと煮立ちだしてきた。牛乳が沸騰してる感じ。
それが、今の俺の、心を表せる唯一のもの。
「死に神長は、死に神長ってやつはっ、いったい何を考えて居るんだ?! あんたも何を考えた?! そんな、あいつを追いつめるような……!」
思わず怒鳴ってしまった。怒りが抑えられない。
来迦がびくっとして、怯えた。
それをみて、苛立つものを抑えようと努力しつつ、来迦へだけごめんと謝った。謝っても怒りなんて消えないけれど。そして、それを知ってるように……ラージは愉快そうに笑っている。
にやにやにやにや。いやらしい笑い方っ!
俺は、気づけば、ラージの胸ぐらを掴もうとしていた。失敗するが。
「お前が、お前が、アースを!! サンを!! …え、な、何で、サンが死んだのを…知っている? あれは、クレイモアを庇って…」
「初めから、全ては仕掛けられていたんだ、坊主」
「どういうことだ!?」
「死に神長が契約違反したから、言うが。……アースも、サンも、うざってぇんだよ。
アースがいると、クレイモアの馬鹿がつけあがるし、サンなんか大嫌いだ。あんな『神損ない』。そのくせに俺より階級が上だと? 巫山戯るな。
アースは普通に殺して、サンは事故死に見せかけた死を。サーファイトが暗殺を隠してくれたのは助かったな……。
死に神長に、殺しを依頼した。
そしたら、あることと代わりに、殺してくれるっつったんだ。一人部下をくれたんだ」
「あることって?」
「……地球の保護と、青玉の監禁。っつーわけで、捕まってくれ」
静かな怒りなんて、生まれてこの方感じたことはなかった。今まではどれも直情的で。すぐにかっとするものだったのに、こんなぐつぐつと静かに煮立つ怒りなんて。
地球の保護をするために、アースを? 俺を監禁するために、サンを?
サーファイトの部下を、使ったのは自分だと見せかけないためか。
嗚呼、沸騰しっぱなしの牛乳が、泡を吹く。
「死に神長は、死に神長は、いったい何を考えて居るんだ! 判らない、判らない!」
「もう一つだけ、教えてやるよ、坊主。
死に神長は、サーファイトをひどぉく憎んでる、恨んでる。何よりも、誰よりも強く」
あはははははと哄笑するラージ。
何故こんなにも教えてくれるのは、判らない。
――でも、それは、後日判ることになる。
誰かに、何かを託したかったんだって。最後の抵抗だって。
彼も、怖かったんだ。
自分が殺されるのが、判っていたんだ。
俺は地下牢にぶち込まれた。
ここの地下牢は、幽霊でも物体が触れるようになるらしい。だから、すり抜けて逃げられない。
薄暗くて、寒い。幽霊である俺が寒いだなんておかしな話。よくみえないけど、かろうじて蝋燭の明かりで、目が慣れたら、みえてきた。
対になる側の牢屋にクレイモアがいる。
「青玉、ごめん、僕、なんかに足引っ張られて…ッ」
「いい。何も、言うな」
「青玉? ……怒ってる?」
「……あんたに、じゃない」
少しぴりぴりしていた声を出来るだけ、和らげさせて、クレイモアに答えた。
クレイモアは、鉄格子を掴んで、俺を見つめて、じぃっと機嫌を伺う。
無神経なクレイモアが、機嫌を伺うなんて、よほど怒ってるんだろうか、俺は。でも、怒るのも無理はないよな。
「……全ての、犯人がわかったよ、クレイモア」
「…――何だって?」
目を見開いて、ぎゅ、とより強く鉄格子を握るクレイモア。
俺は顔を俯かせて、拳を作る。何かさ、まともに顔を見られないんだよね。この暗さだから、見えたってあんまり意味無いけど。
「アースも、サンも、暗殺……」
「…サンは、あれは、僕を庇って……ッ」
「……そう見せかけた、暗殺だってさ」
「……ラージがそう言ってたの?」
「ああ」
「ラージの言うことなんて、信じるの!?」
「……他に、思いつかない。今までのことに、それで、理由がつくんだ。青玉計画、そんなの、ぶっ潰してやる。地球を、サファイアを壊せば、計画は壊れる! 死に神長の思い通りには、させない!」
「死に神長……あいつだったのか…くそっ、だから、神々は信じられないんだ!
だいたい何時までもあんなに偉い奴が、付きまとってるのがそもそもおかしかった!」