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一滴の海は辛く

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 ラージは、木星の守り神らしい。日頃からサンと仲が悪かったとか。
 ……なら、サンが死んだことは言わない方がいいのかな。いや、下手な気遣いはやめておこう。いずれ判ることだし。
 ラージの家は、屋敷だった。サーファイトの宮殿未満サンの家以上かな大きさは。外観も内装も洋館そのもの。
 有名な星の守り神は、大抵ラセルに住んでいるらしい。サンも、クレイモアも。
 「待てこらぁ、お前らーーー!」
 あ、やっぱり、こっそり入ったのばれてる。
 「カバ! カバ! カバ!」
「なんだ、それは。何かの呪いか!?」
 ――もう通じなくなっている!
 やばいと思って逃げてみた。俺の死に神と、クレイモアも駆けだしている。
 「クレイモアと青玉は、あっちへ!」
「エピオラ、何処で落ち合う?」
「ラージの地下牢!」
「馬鹿、縁起でもないじゃないかぁ! あいつ拷問好きなんだよ?!」
「それなら、門で! 用事が済んだら、さっさと門にこいよ!」
 俺の死に神は、そう言うと、糸を操り、門番の足に引っかけて、転ばせる。
 時間稼ぎだろう。俺はクレイモアと顔を見合わせて、頷いて、俺の死に神を置いて、走って向かう。ラージの居る方へ…。
 「何処にいるんだろ」
「待て! あんたは知らないのか!?」
「だって、ラージの家にまともに入ったこと、ないんだもん」
 だもんじゃねぇよ、このやらう。
 まぁいい。いざとなりゃ、壁抜けでもして、ラージをさがしゃいいんだから。

 で、逃げ回って三十分後。
 は、はぐれちゃった…!
 だ、だって、クレイモアったら、バレリーナが回るような、転び方をして、窓に飛んでいって、窓から落ちちゃったんだもん…!
 いったい、何をしてそんな転び方が出来たんだろう。あいつは、リアクションの派手な芸人か。
 窓から見下ろすと、クレイモアの姿はそこにはなくて。…おそらく門番に捕まったんだろう。
 …俺だけで、会いに行くしかないのかなぁ。
 でも、放っておけないよな。探しに行くか。とか、思っていたら、背後から目隠しされた!
 この感触からして、簡単に手での目隠しだから、容易に解けるだろう。
 何かを見せないためじゃない、ただのからかいだろうな、目的は。
 「ふほーしんにゅうって、貴方?」
 声は明るく、甘いものが大好きな子が、美味しそうなケーキを見た時と似てる、好奇心に満ちた声。
 すぐに目隠しは離される。俺は振り返ってその子を見遣る。

 ……――可愛い。
 やばい、ちょっと好みだ、この子。

 短い銀の髪の毛に、くりくりとした大きな黒い瞳の、女の子。
 腕を隠すのは、和服の袖。
 桜色を濃くしたピンクの着物で、よく彼女に似合っている。彼女のために作られたものだと思う。特注のものだと、すぐにぴんと来た。
そして、上は和服なのに、下はスカートという、なんとも妙な格好をしていた。
和洋折衷にも程があるだろうに。頭には変わった髪飾りというか頭飾りをしている。大きな綺麗な玉を二つに、間から七夕の飾りのようなものがでていて。
 ――暖かな空気を持つ子だ。
 エピオラが冷たい春だとしたら、銀色のこの子は暖かい冬。
 少し惚けていたら、その子は首をかしげる。
 「どうしたの?」
 可愛いなと思って、とすぐに言えるほど、俺は積極的じゃない。
 何でもない、と首を振る。
 「ふほーしんにゅうしゃ、って、貴方?」
「……捕まえる気?」
「ううん、別に。私、言われてないし」
「そう、良かった…」
 少し安堵して脱力した。
 その様子を、彼女はあははと笑いながら、見つめる。彼女の笑う声は、少し耳がきんきんとする。
 「貴方、貴方、兄様の言ってた青玉ちゃんね?」
「兄様? 誰だ、それ」
「ラージ兄様」
 へぇ。ラージに妹なんて、いるのか。
 可愛い妹さんで、羨ましいねぇ。まぁ、俺の妹も可愛かったけどね!
 ってか、誰か妹がいるって言おうよ、俺の死に神、クレイモア!
 「……あんた、名前は?」
「私? 私、クルカ。来迦よ。宜しくね、青玉ちゃん」
「ちゃんづけは、なんか、調子が狂うなぁ…」
「でも、つけちゃうわ。これが、私だから」
 声はくすくすと笑っているのに、顔も笑顔なのに、どこか泣いているような印象を受けた。いや、泣いてるよりも酷い印象を。
 何故だろう。でもそれを聞いてみるよりも先に、来迦の表情は消えた。最初に浮かべていた好奇心に満ちた顔に。
「貴方、何しにきたの?」
「ラージに会いに」
「兄様に…そう。…会いたいの? どうしても」
「うん。嗚呼、でも、その前にクレイモアを探さないと…」
 俺がそう言うと、来迦は少し考えるような素振りをしてから、俺の瞳をまっすぐに見つめる。
 少し胸が高鳴ったのは、気のせい。
 ――そして、その時に、俺の死に神が脳裏によぎったのは何でだろう?
 あの、しおれた花のような、弱気な笑顔が。

 「貴方一人だったなら、会わせてあげられるけれど」
「本当?」
「うん。私、嘘は言えないの。貴方一人なら、誤魔化せる。どうする?」
「…でも、クレイモアが…」
「どうせ、はぐれちゃったら、ここに仕えてる人に見つかっちゃって、地下牢よ。
 なら、先に会っておいた方がいいんじゃない? 会った後に、私が地下牢まで、案内してあげる」
「そうか…それも、そうだよね。うん、じゃあ、案内を頼もうかな」
 来迦はにこり、と微笑み、じゃあ行きましょ、と歩き出す。
 通路を歩いていると、人と会うけれど、来迦と居ると、誰も気にしない。
 おお、凄いじゃん、来迦ってば。流石、妹。
 「ねぇ、何であんたはそんなに親切にしてくれるの?」
「……悪い人じゃ、なさそうだから。それに…そうプログラムされている…」
「え?」
「あ、ううん、なんでもないの。青玉ちゃんこそ、何で兄様に会いに?」
 ……警告しに、とは言えないだろうか。
 来迦なら、大丈夫だろう。
 俺は素直に、今まであったこと、そして首なし暗殺者の残した言葉を話す。
 ただし、青玉計画だけは抜かして。
 ラージ暗殺、には、来迦は目を見開いて驚いた。それから、動揺していた。
自分の身内が狙われているなんて、そりゃ驚きもするだろう。
 「大変ね、有り難う、教えに来てくれて。兄様、早く見つけないと!」
 来迦は意気込んで、腕まくりをした。
それから、俺の方をちらっと見つめた。
 「青玉ちゃんって、行動的なのね」
「え、何で?」
「だって、普通なら、サンちゃんの死亡報告を先にして、兄様に、警告するのは、後にすると思うの。それに、兄様が首謀者じゃないという保証はないのよ? 私が言うのも変だけど」
「うん、変だね、凄く」
 けらけら笑う俺を、からかわないで、と苦笑しながら、来迦は、とんとんと背中を叩いた。
 ごめんと謝りつつも、笑みは消えない。
 「ラージは首謀者じゃないと思うんだ。だって、首謀者なら、自分の暗殺なんて、頼むわけ無いじゃないか」
「……それもそうね」
 うん、と納得したように頷いて、来迦は歩みを進めた。
 それから、色々話していると、ある一室にたどり着いて、そこをノックする来迦。
 すると、中から青年の声が聞こえて、どうぞ、と言っていた。
作品名:一滴の海は辛く 作家名:かぎのえ