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一滴の海は辛く

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くそ、くそ、くそ。殺すなんて、殺されるなんて予定外だ、約束と違う……」
「誰にだよ。サーファイトか」
「死に神長……しにがみおさ」
 ……死に神長……。
 ぶつぶつと、呟いているが、声は聞き取れなかった。判ったのは、ラが入っていることくらい。
 「他に、どんな依頼を受けた?」
「青玉を、せいぎょくを、操る、殺す」
「わけがわからないな、他は?」
「…他は…ラージ殺し…」

 ぞくり、というか、ぞわりというか。
 殺気っていうのかな。寒々しいものを感じた。後ろからだ。後ろが怖い。
 軽い金縛り状態の体で、ぎこちなく後ろを振り返ると、そこには、俺の死に神。
 さっきまであった、殺気――しゃれじゃないぞ―は消え失せていて、にこりと頬笑む俺の死に神が、そこに。
 「どうした?」
「……いや、何でも…」
 優しげな、俺だけに見せるその笑みに、何処か安心させるような意図を感じた。
 でも不思議とそのときは、それでもいいと思ってしまったんだ。
 「何か情報は聞き出せたか?」
 …死に神長のこと、言った方がいいのかな。…俺の死に神だし、同じ死に神のことだから、いいよな?
 話してみた。死に神長が狙っていたこと。青玉を操るとか、わけのわからないことを言っていたこと。俺も狙っていたこと。
次に狙っているのは、ラージとかいうやつだということ。
 それを言うと、俺の死に神は顔色を青ざめたものに変えて、震える。
 「そんな、あり得ない! あり得てはならないことだ!」
「落ち着け、落ち着け死に神。どうして、そんなに動揺しているんだよ」
「死に神長様だぞ、お前! 死に神長様っていったら、アタシら死に神の憧れだ!そのような方が、暗殺を企むなんて…!」
「…こうは、考えられないか? サーファイトが仕組んだのだが、わざと死に神長と名乗って、死に神長の企みに見せかけた」
 そう言うと、俺の死に神は落ち着きだして、成る程…と頷いた。
 気のせいかな。それがどこか演技めいて見えたんだけど…。
 「クレイモアにはアタシが話しておく。……いいか、誰にも言っちゃならないぞ」
 何で、と問う前にあこがれの的だと言っていたのを思い出し、そんな人を下手に貶すようなことを言ったら身が危険だということを悟り、俺は頷いた。
 「…判った。で、この後どうするの?」
「この馬鹿を、泳がせるのさ」
「え、それって…」
「ラージ殺し。ラージを殺す前に、誰かと接触するだろうから、それを見張るんだ」
「……無理だろ、この様子じゃ。首ないし。てか、何で生きられるんだこいつ」
「執念じゃない? それか誰かが体を改造したんだよ。 ……じゃあ、こうするしかないな。他に知れ渡ると大変だ」
 俺の死に神はそういって、首なし暗殺者に、マッチで火を擦って、つけた。
 脳天まで響き渡る叫び声をあげて、男は燃えて、焦げた臭いをそのままに、死んでいった。多分、今度こそ。
 「うっわ、何この臭い。どうしたの」
 クレイモアが、やってくる。鼻をつまんでるのは、この酷い臭いの所為。
 クレイモアが来たということは、サンはもう床で横になっているのだろう。
 「何でもないよ。サーファイトに報告しにいかないとね」
「ええ、サーファイトに報告しにいくの!?」
 凄く嫌そうな顔をしたり、嫌だという心中を現すのが、彼は得意なようだ。
 ……涙の筋が幾らか見える。嗚呼、また泣いたのだな、と思い、クレイモアと呼びかける。
 すると、彼はへへっと笑って、大丈夫だよと答えた。
 「サンのためにも、アースのためにも、首謀者をとっつかまえないと」
「……オーケイ、強い子だ」
 俺は綻んで、クレイモアの頭をぐしゃぐしゃと撫でてやった。
 ――本当に……強い子だ。俺だったら、友達や恋人が連日で無くなったら、一年経っても立ち直れないかもしれない。それをこの子は、すぐに乗り越えた。流石、神様。常人とは違う。これは皮肉じゃなくて。
 「なぁ」
「ん?」
「クレイモア、お前、あの鶏、引き取ってやらないか?」
「もっちろんさ。あいつら、僕に懐いて仕方ないんだ」
「青玉へのお前みたいだな」
「黙れよ、エピオラ」
 ふぃっと顔を背けて、頬をふくらます姿に、何かの動物の影を見た。なんて言ったら怒られるかな。
 ……サーファイトに、死に神長。どっちがどっちだか、分かんなくなってきた。
 …もしかしたら、青玉計画を止めようとしているんじゃないんだろうか?
 違うのか? 判らない。誰か教えてほしい。
 誰に言えばいい? 俺の死に神?
 そう、俺の死に神に話せばいい。
 「なぁ」
「ん、何だ?」
「もしかして、誰か、例の計画に気づいてるんじゃないか? で、止めようと、とかさ」
「な……?」
「だって、俺を殺そうとする理由がそれしか思いつかねーもん」
「そうだよね、青玉を殺すことで得るメリットなんて、それしかないよねぇ」
「……死に神の、青玉計画に気づいて、止めようと、か…」
 思案顔。難しげな顔。
 クレイモアもつられて思案顔。すぐに頭を抱える。難しすぎて判らなかったんだろう、俺の心の中を表してるようだ。
 「とりあえずは、サーファイトに報告だ。
サンが死んだのは重大な出来事だし、あの隻眼男の上司ならば、サーファイトに責任をとらせなければならないだろ」
「あ、あと、追加していい?」
「何だ、青玉」
「……ラージ、っていう人のとこ、いってみていい?」
 そう言うと、二人とも目を見開いた。時が止まったように、固まる二人。
「エピオラ…」
「……」
「僕、初めて見るよ。自分からラージに会いたいだなんて言い出す人。……青玉、おかしくなっちゃったのかな」
「熱は見た感じなさそうだがな。幽霊に熱などあっても困るが。あいつを知らないんだからしょうがないさ」
 何だか、そんな二人の態度で、どんな人物だか想像出来た自分の頭を、抱えた。

 嫌だなぁ。

 何してるんだろう、俺、とか少し後悔したくなっちゃうのも、しょうがないよな?

*

 どすん。どすん。どすん。
 三人纏めて放り出された。門番め、なんて力持ちなんだ…!
 「いったたたた…」
「だからぁ、ラージんとこ行くのやだったんだよ!」
「うっせ!! そんなことひとっことも、あんた言わなかっただろ!」
「女に無礼なことするわねぇ!!」
 三人文句がぐちゃぐちゃ。それに構わず、ふとっちょのでかい門番はお引き取りをと言葉を続ける。むっときた!
 今、三人の気持ちが、一つに!

 『うっせぇ、このカバ! どっかいけ! 邪魔だ!』
「カバ…」

 ……しまった、まずいこと言っちゃったかな。
 「カバ…数年前に、姉が名付けてくれました…」
「あ」
「そんな姉も、今はもう…美しかった姉が、俺を超す以上のカバに…!!」
 泣きながら話してる。で、酔ってる。
 今の隙に入っちゃおうぜ、野郎ども☆
 こそこそと俺らは、泣くカバを避けて、門の中に侵入成功した!
 偶然って凄いな。カバ以上の彼の姉に、幸あれ。

 「ねぇーラージに会うって本気なわけ?」
 クレイモアが嫌そうな顔で、じぃっと見つめてくる。
 そんな眼で訴えたって、話してみたいと思ったんだから、しょうがないじゃないか。
作品名:一滴の海は辛く 作家名:かぎのえ