一滴の海は辛く
「終わりは始まり、そんな言葉聞いたこと無いか? 死人は死に神にとって何よりもの滋養剤でね。…神を、作るんだよ。死に神の他に」
「人口密度が増えるってこと?」
「…それだけじゃないだろうな。
エピオラ殿、これから、反逆する神は身分問わず、殺すつもりなんだろう。神殺し。昔の悲劇を聞いたことがある。似たようなことを。確か、化身殺し……。再来……か」
その言葉に、俺の死に神がびくりと動いたような気がしたが、彼女は何事もなかったように振る舞うので、見なかったことにする。
化身、聞いたことあるような……。
「……それの第一の犠牲者が、アース、かもしれない。
つまり、青玉が居る時点で、計画は始まっている。青玉が星を育てられたら、神々が何人か死ぬだろう。でも、育てようとしなかったら…お前は、アタシの手で死ぬんだよ、青玉」
少しだけ沈痛な面持ちで、俺の死に神が俯く。サンはサンで何かを考えているらしく。
……だんまりが続く。
――酷い話。まるで、最初からそれが決まっていたような。俺が死ぬのが決まっていたような。誰が、考えたんだ。
……誰が。誰が、誰が!
「…俺に、どうしろっていうんだよ」
「……――」
「次に殺される予定の、神は判る?」
「……クレイモア殿、だろうな」
サンがぽつりと言葉を零す。
「クレイモア殿は、今までいろんな神々に反発していたから……」
「初めて出来た友人か、自分か、どっちかを選べってことか、俺の死に神」
皮肉を込めて、言うと、俺の死に神は、頭をかいて、仏頂面をした。
「アタシだって、好きで監視係してるわけじゃないんだよ! ……しがない死に神は、上の命令に従うしかないのさ。
クレイモアはともかく、青玉、アタシぁお前は嫌いじゃないんだぜ?」
「せっかくだけど、あんたは俺の好みじゃ…」
「そういう意味じゃないよ、お馬鹿」
俺の死に神が漸く、笑みを見せてくれた。
しなびた花のような、笑みだけれど、それでも俺は満足した。ただ、サンが何かを言いたそうにしていたのが、気になったが。
――俺だって、あんたのこと嫌いじゃないんだぜ?
何せ、命の恩人。
この世界に連れてきてくれたのは、あんただし、これたのも、きっとあんたのお陰。
そんなアンタをどうやって嫌おうか?
この思いは、ただの「好き」であってるのだろうか。それとも……。
「サン、あんた、さっき守りたいって言ってたよな、クレイモアのこと」
「ああ。それが?」
「……あんた、忙しい神?」
「まぁ、それなりに。これでも、ある程度の守り神を束ねてるものだから」
「そうかぁ…あのさ、出来ればでいいからさ、暇なときはクレイモアの傍にいてくれないか?」
そう言うと、サンはにこりと頬笑んで、頷いて、自分の胸に手をあてた。まるで神聖な儀式のように、恭しく。それが嫌味に見えないから、サンの人柄は凄いと思う。
「御意」
「それと、俺の死に神。あんたも、出来るだけ俺らから離れないでくれ。俺じゃ、クレイモアを守れないだろう、きっと」
そこまで、言って、ふと違和感。
隻眼の男の言っていた言葉を思い出す。
あのとき、アースが殺される前、言ってなかっただろうか。お前にも逃げられたら困るんだよ、坊主と。俺も依頼に入っていたと言っていた。
あれは…?
「なぁ」
「ん? どうしたね、青玉」
「その計画、阻止しようとしてるかもしれない、アース殺した人」
「はぁ?!」
あんまりにも大きな声で、俺の死に神が驚くんで、鶏と遊んでいたクレイモアがびくっと反応して、こちらを見た。
「どうしたの?」
「内緒話」
「っちぇ。青玉まで、僕を仲間はずれにするの? 皆とは違ったと思ったのに」
「聞きたい?」
「……え、遠慮しておく。難しい話、嫌いだもん」
「なら、仲間はずれじゃないだろ?」
「……それもそっか」
なるほど、と納得して、クレイモアはまた鶏と遊ぶ。
難しい話が苦手なのは、俺もだよ。出来ればそっちで俺も戯れていたいなーなんて、思っていたら、お時間がやって参りまして。
「さぁ、青玉、そろそろ別の神のところへ行って、それから地球に死人を与えないと!」
「はいはーい。クレイモアーもう行くよー」
「あ、うん、判ったー! じゃあまたね、二人ともッ」
クレイモアが鶏に手をふると同時に、俺らは立ち上がり、家をあとにしようとする。
サンが玄関まで見送ってくれた。
……あの目隠しが気になる。
何故、目隠しをしているのだろう?
――帰り際、聞いてみると、顔を少し顰めて…顰めた? 顰めたよな? 秘密だ、と言われた。
その顔が、やけに、何かを恐れているような顔に見えて。
……なんだろうね。
家を出て、外の風を受ける。ルーレの風はいつも清々しく、心地よい。
と、その時。
風がびゅおうと沸いた!
突風が! 思わず目を瞑ってしまう。で、瞑った直後、目を開くと、刀を構えたサンと剣を振りかざす隻眼の男が視界に入った、というわけ。
嗚呼、なんて、今日は、最悪な日なのだろう。葬式に、暗殺者、青玉計画。
どれもこれも、ろくなもんじゃない!
「ははっ、サン、お前の剣は面白いな!」
「五月蠅いハエだ、邪魔くさい」
サンは、振りかざす相手の剣を、刀で受け流し、そこから、僅かな隙を狙って攻撃を狙う。
俺の死に神に、慌てて助太刀するよう頼むと、彼女は黒い糸を取り出して、相手の背後に回り、首に糸を巻き付かせる。
「よけいなこと、してみろよ。アタシの糸が、お前を絶つぜ」
逆らったらどうなるかを想像すると、ぐろい! でも、まぁ、しょうがないか。
「エピオラ……か。殺せるものなら、殺せばいい。だがその代わり、お前らには情報は何一つ入らない。その上に、部下を殺した、とサーファイト様から咎められるぞ」
「……っちぃ。よく判ってるじゃないのさ」
そう言うと、俺の死に神は少し力を緩めた。
その隙を狙って、隻眼の男が彼女の手を掴んで、糸から離させる。糸の呪縛から逃れ、それから、俺の死に神に斬りかかろうとする。
そんなことはさせじと、静かだったサンの刀が荒ぶり、隻眼の男を狙う。
その動きに、男は止まり、振り返りざまに剣撃を放つ。
その背に、クレイモアが動いて、男を蹴りとばさんとする。
蹴られて、その衝撃で前のめりになり、危うく、否運良くサンの刀に額を刺しそうになった男だが、身をひねって避ける。
クレイモアは、この日に感謝したいような嬉しさと怒りをぶつけたいような目をしていた。
仇に出会えた喜び、アースを殺された怒り。
その二つの感情が、おそらく心を占めているのだろう。
「まだ死なないの? 死ねよ、死んでよ」
「そう簡単にくたばっちまうわけねーだろ。馬鹿だろ、お前、はははっ」
「笑うな! 悪役は死ぬって決まってるんだよ。正義の味方の手によってね!」
「正義の味方……それは、どっちなんだろうなァ?」
……こいつ、まさか…。
「正義の味方はこっちにきまってるじゃないか! 馬鹿なのは、君だろっ」
「……それなら、お前らのしようとしていることはなんなんだ?」
「は?」
「エピオラ、お前の考えてることはなんなんだ?」