私の弟ハチと
私の年齢の子供がいるにしては若い方に入る父さんと、兵吾君が話をしていた。
「いやいや、奏子は先輩でお世話する側だけどハチはなぁ……」
「八尋君とはクラスも同じですし。部活だけの付き合い、って訳ではないので」
「あぁ、そうかそうか」
玄関だけ、別世界だった。
騒がしくあわただしい現実的な家の中と違い、そこには穏やかで爽やかな朝の空気が漂っていた。
いや、玄関だって異空間じゃないし、現実なのだけど。
「あ、お父さんいってらっしゃい……」
「父さん、いってらっしゃい」
さすがに恥ずかしいのか手だけ玄関に覗かせて振る母さんと、まだ少し朝の感じが抜けない私。
「それじゃぁ、行ってきます」
颯爽とその場を立ち去る父さん。
父さんにお辞儀をした後、兵吾君は振り返って首をかしげる。
「竹部先輩、ハチは……?」
「ごめん、今日は置いて先に行こう」
「あ、わかりました」
思ったよりあっさりと承諾する兵吾君を見ながら、私は心の中でハチに同情した。
というか、兵吾君くらいの対応が普通なんだ。
ハチはちょっと事情はあるが、気にしすぎなんだと思う。
そうは言えないけれど、と私は心の中で呟きながらいってきます、と言って玄関を出た。
「……ほんと、ごめんね」
「い、いえ……大丈夫です」
私がまた謝っているのには、理由がある。
何度も謝ることは、出来ればしたくないのだけれど。
この状況では、謝らなければ気が済まなかった。
『地下鉄ご利用の皆様には、大変ご迷惑をお掛けします……』
もしかしたら、遅刻するかもしれない。
というか、これはするだろ。
私の頭は既に朝の寝坊と相乗効果で、パンク寸前だった。
バス、駄目だもうこの時間帯のバスは通勤ラッシュで間に合わないかも。
タクシー、そこまでお金あったっけ。
まさか久喜宮君に払わせるわけにいかないから、ヘマをやらかしたら終わりだ。
家に戻る、ハチ置いていくって言った手前恥ずかしい。
兵吾君が何か言っていたのを気にせず考えていたらしく、肩を叩かれて気付く。
「え、ハチ!?」
「自転車、乗って行こう!」
息も荒いハチは、きっと私には到底無理な速さでペダルをこいだに違いなかった。
「兵吾君、二人で行きな……」
なんだかとても、悪いことをしてしまった気分になる。
というか、悪いことをしたんだろう。
私だけなのに。