私の弟ハチと
「姉貴、俺だって昨日話したよりも鮮明になんて覚えてないんだからさ」
ハチはフィクションみたいな話の、一番の翻弄されている人間とは到底思えないような顔で笑った。
春になったばかりのまだ肌寒い風が、通り抜けていく感覚がやたらとはっきりわかる。
私は立ち止まって思わず嘘だ、と口にした。
ハチは、困ったような顔で笑う。
こんな時ばかり変に強くって弱音なんか吐かない、ハチはそういう男だ。
同じく立ち止まってハチが口を開く。
風の音が、耳障りなくらい。
聴き逃しちゃいけない気がして、私は苦手な英語のリスニングより真面目な顔をして耳を澄ました。
「だって、あいつ不器用なくせに優しいからさ。
思い出したら、俺なんかより上手に全部思い出して、苦しんで先につぶれるのがあいつだって考えたら嫌でさ。
俺の方が元のあいつの何倍も、丈夫に決まってんだから」
ハチの一言で幕を閉じた春の一件を色々と忙しく思い返すこともなくなった私の知らぬ間に、第二幕の撮影は始まっていた。
「お邪魔します」
「あ、姉貴。今日兵吾泊まるから!」
「……え?」
驚く私を大して気にもせずにコップを取り出すハチに、私にお辞儀をしてから手伝おうと荷物を下ろす久喜宮君。
そして、彼が一言。
「ハチ、手伝うよ」
そう言ったのに、私はまた驚いた。
長年呼んでいる私より、彼より長く呼んでいるであろう小、中学校のハチの友人たちより、彼は自然に口にした。
余韻が綺麗に、残るような声で。
「いつの間に、続編決まったの……」
聞こえないくらいの声で呟いた私の方を二人が向いて、思わず逆さまの参考書で顔を隠す。
どうやら、この映画は天上の人々になかなかに好評なようである。
私が笑っていると、主演の二人は顔を見合わせて首をかしげた。