戦場の兵士
「ちげぇねぇ。」
と俺の背中をばんばん叩き始めた。
物陰で今は風もないから煙草を吸うぐらいは大丈夫だろうとサムはどこからか手に入れてきた葉巻に火をつけると美味そうにそれを吸い込み始めた。少し良くない物の香りがするが、俺は放っておくことにした。
「おめぇはあそこにいるのがそのシモン・ザイケフだって思ってんだな?」
サムがやけに真剣な口調でそう聞いてきたため俺は言葉を発せずにただうなずくことで答えを返した。
信じたくはない。だが、その考えが頭の隅々にこびりつきはがれることがない。あいつは廃墟を生業として先の紛争では400人の敵兵を殺した。それも、僅か数日出だ。あいつを仕留めるためだけに派遣された狙撃兵(スナイパー)小隊(チーム)も全員死んだ。
特にエイシャ・ザカリエフとの一騎打ちはその後何度も映画にされるほど凄惨なものだったと言われている。俺も友人に連れられてその映画を見に行ったことがあるが、あれが本当に現実に引き起こされているとすれば、俺たちの命は風前の灯火のようにも感じられる。
寒さで感情すらも麻痺しているのだろうか。不思議なことだが、この時の俺は特に恐怖というものを感じていなかった。ただ、眼前の事態に途方に暮れるばかりで、陰鬱な感情も高ぶる感情も浮かんでこない。冷え切っていた。
それはサムも同じだったらしく、俺の答えを見てやつも、そうか・・、と一言漏らすだけで特に変わり映えのないように見えた。
おそらく、決着は明日。日の出から日の入りの間に行われる。俺は何となくそんな気がして眠りに就いた。この晩はとくに夢らしい夢を見なかった。
朝になって日が昇ると、辺りに薄い霧が立ちこめていることに気がついた。身体に付いた水滴のせいで嫌に冷える。くしゃみを出しそうになるが、俺は何とかそれをこらえると渇いた咽を潤すため思いっきり空気を吸い込んだ。あまり役には立たなかったが少し緊張していた俺の心臓には良い刺激になったらしい。
俺はサムを起こすと、昨日と同じように装甲車の監視に入った。
今日は昨日とは位置を変えることとし、使っていた毛布はそのままにして別のカムフラージュで監視できるポイントを探した。
出来れば霧が晴れる前に場所を移動したかったが、あまり早く動くわけにはいかず、ようやく納得できる場所にたどり着いた頃には霧は完全に風に流されてしまっていた。