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白草(しろくさ)
白草(しろくさ)
novelistID. 631
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曇り空、その向こう側に

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 事前情報なんかない。どこかで話を聞いていたかもしれないけれど、今の今まで思い出さなかったのだから、これは本当に偶然。私が、出会ったもの。
 月は左下が少しだけ欠けていて、なんでもない日に見上げた月と比べると、不気味さが幾分か増しているような気がした。私の身体が自然に震え、畏怖、という単語が顔を出す。その前に身体の震えは治まってしまったけれど、私の気持ちは未だ震え続けていて、拙い音楽を口ずさんでしまいそうな喜びだけがあった。
「うぅ、寒い」
 でも、音楽は紡がれない。私の身体は己を包む冷気の存在を唐突に思い出したのか、再び震え始めた。白い息を吐き出しながら、私は慌てて部屋の中に戻ろうとしたのだけれど、どうしてかドアには鍵がかかっていた。
「あれ、なんで?」
 疑問の声を口にしながら、悴んだ手で鍵を探す。衣服を弄り、思い通りに動いてくれない反抗期の右手が、ズボンの右ポケットに待望の鍵を発見した。
急いでドアの鍵を開けた私を、温かい部屋の空気が迎えてくれる。ふぅ、生き返ったぁ……って、そうじゃないよね。
 私は玄関に置かれていたゴミ袋を蹴飛ばして、自分の部屋へと戻る。
「正月、部分月食……っと」
 そして机に座り、適当なキーワードをキーボードで打ち込み、検索が完了するのを画面の前で待った。今日出会った出来事が、私だけの錯覚なのではないかと、ちょっとだけ不安になったから。
「おぉ、出た出た」
 しかし、違ったみたいだ。ネットには月食の情報が溢れていた。正月に月食が見られる次の機会はなんと一九年後で、今年は月食が三回も見られる、らしい。
「そうかぁ、錯覚じゃないのかぁ」
 なんて呆けたように言って、私は少しだけ安心する。そして、月食が観測できる理由について検索をする。地球の公転と、月の公転が関係している現象。そんな答えを得た。自転なんて、あまり関係なかった。
「人は誰しも、間違いを犯すものなのだよ」
 と、一人呟いて、私はちょっとだけ満足した。
 錯覚でないのなら、もう一度月を見てみようと椅子から立ち上がり、夜の寒さを知る私はダウンを羽織ることを忘れない。
 急いで玄関まで向かった私の目に、再び移るゴミ袋。スーパーの袋ではなくて、市指定の、後は収集されるだけのゴミたち。
「そうだ、明日はゴミの日か」