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本庄ましろ(公夏)
本庄ましろ(公夏)
novelistID. 5727
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『花摘人』

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花を折れ、と、奏也は天使に言いました。
自分の命を終わらせろ、と。
奏也は天使に、そう言いました。
「嫌だ。」
「ラズ。」
「絶対に、嫌だ。」
天使は、決めていました。
自分の存在と、奏也の花。
自分が、どちらを選ぶのかを。
けれど、奏也はそれを許しませんでした。
「ラズ。……お前は俺に、お前を犠牲にして生きてけ、ってそう言うのか?」
奏也は、静かにそう言いました。
「お前が死んで、本来死ぬはずの俺が生きて、それでどうなる?俺は、一生お前を犠牲にしたことを後悔して、生きなきゃならないのか?」
天使は、答えることが出来ませんでした。
「冗談じゃない。俺は、嫌だね。そんなのは、絶対に御免だ。」
奏也は、きっぱりとそう言いました。
天使は、どうすることも出来ずに立ち竦みました。
奏也の花を折りたくない、と。
自分の手で、奏也の命を終わらせるのは嫌だ、と。
天使の心は、悲鳴を上げていました。
そんな天使の頬を、奏也の手が、そっと撫でました。
「それにな。……あー、頼むから、ずるいって言うなよ?……お前が俺を死なせたくないと思ってくれたのと同じに、……俺だって、お前を死なせたくない。」
奏也の声はほんの少し掠れていました。
ほんの少し揺れた、その優しい声は、その言葉が奏也の何よりの本音であることを天使に教えていました。
「……ずりい。」
どうにか押し出した天使の声も、震えていました。
天使が作ったつもりの笑みは、ほとんど泣き顔に近いものでした。
「悪かったな。俺は人間なんでね。天使よりずるいのは、当たり前だろう?」
奏也は、そう言って明るく笑いました。
それが、奏也の答えでした。
他でもない、たった一つの、奏也の答えでした。
だから、天使は決めたのです。
崩れそうになる心を必死に支えて、そして、天使は奏也を見つめて、頷きました。
奏也は、微かに笑うと、一歩、足を進めて、立ちました。
そこは、いつも奏也が歌を歌っていた場所でした。
ずっと天使が見つめ続けてきた、その場所でした。
「ラズ。……俺はずるいから、ずるいついでにもう一つ言っとくよ。……忘れるな。俺のことを。……お前は、俺のことをずっと忘れずに、生きていけ。」
奏也は、そう言うと、ある歌を唇に乗せました。
その歌は、あの日、初めて天使が奏也を見つけた日に、奏也が響かせていたあの歌でした。
あの時の、細く、たどたどしかった歌声が、天使の脳裏に甦りました。
けれど、今の奏也の歌声はそれとは全く違います。
力強く、そして、幸福な。
それは、天使の大好きな、奏也の歌声でした。
天使は、溢れてこようとする涙を、必死に堪えていました。
泣いてはいけないと、今は泣いてはダメだと、天使にはわかっていたのです。
そして、奏也は、その曲を歌い終えると、まるで、舞台を降りる役者のように、一つ、頭を下げました。

「奏、也。」
「何だ?」
「奏也。」
「ああ。」
「……絶対、忘れねー。」
「ああ。」
「奏也。」
「ん?」
「さよなら。」
「ああ。……じゃあな。」

そうして微笑んだ奏也を、天使は、今も覚えています。
大好きだった歌声と共に、ずっと、ずっと。
作品名:『花摘人』 作家名:本庄ましろ(公夏)