『花摘人』
「そして天使は今も、この世界のどこかで、あの日奏也に救われた白い羽を広げているのでした。……おしまい。」
そう話を締めると、ラズワルドは、夜の街を見つめたまま、微笑んだ。
少し哀しげに、それでも幸せそうに。
その視線の先に、ラズワルドが何を見ているのか、想像することは簡単だった。
「……なあ、ルフト。お前には、お前にしか出せない答えがあって、それがどんな答えでも、……それが正解なんだよ。それだけが、お前の正解なんだ。」
「……ラズ。」
「……なーんて、なっ。今のは全部、ただの御伽噺だ。暇つぶしくらいには、なったかよ?」
そう言って、ルフトを見つめ、ラズワルドは笑った。
その笑みは、ルフトの良く知るものだった。
飄々として、掴めなくて、明るい。
そんな、ラズワルドのものだった。
「……おん、まあ、暇つぶしくらいにはなったんちゃうか。ま、あれやけど、天使の身としては、ちょお最後が納得いけへんねんけど、まあ、そこは御伽噺やしなぁ。」
ルフトは、ともすれば沈みそうになる声音を無理矢理に持ち上げて、そんな風に笑った。
それが成功してたかどうかはわからないけれど、ラズワルドも、笑った。
「うっわ超最悪だなお前!人が一生懸命話してやったってーのに結末に文句つけるか普通。」
「うっさいわ、そんなんゆうんやったら、もうちょっと文才身につけてから来い。」
「うーわ。わがままな男はもてねーぞー、ルフト。」
「残念ながら俺は十分すぎるくらいに愛されちゃってますんで、これ以上愛される必要なんてないんですー、残念デシタ。」
「げ、超堂々と惚気られた、マジ当てられた、やだねーラブラブな人たちは。あーやだやだ。そんなわけで傷心の俺はもう帰る。」
こん、と軽くルフトの頭を小突き、ラズワルドは真っ白の羽を広げて、空に立った。
「な、ルフト。」
「なんや。」
「……。」
「なんやねんな?」
「……頑張れ!」
それだけ言うと、いつもの笑みだけを残して、ラズワルドはふわりと空へ消えた。
「……何が、頑張れ、や、アホ。」
届かないと知っていて、ラズワルドの消えた空に、ルフトは呟いた。
ラズワルドと、奏也。
嘗ての二人が選んだ答えと、今ルフトの選ぼうとしている答え。
『お前には、お前にしか出せない答えがあって、それがどんな答えでも、……それが正解なんだよ。それだけが、お前の正解なんだ』
ラズワルドはそう言った。
ラズワルドは、選んだのだ。
ラズワルドだけの、……ラズワルドと、奏也だけの、正解を。
「……なあ、航。……俺らは、どこに行くんやろなぁ?」
ルフトは一人微笑んだ。
まだ、自分には羽がある。
まだ、飛べる。
だからまだ、これからだった。
これから選ぶのだ、ルフトの、そして、航の正解を。
そしてルフトは、残された少しの時間に、自分が出すであろう答えを思った。
願わくば。
願わくば、少しでも、幸福な、結末を。
Fin.