『花摘人』
「ラズ。……俺に何か、言うことないか。」
そんな風に、奏也が聞きました。
「はい?何?」
「お前、俺に隠してることがあるよな。」
酷く真剣な様子の奏也に、天使は戸惑いました。
奏也の声は、それまで聞いてきた、どんなものとも違いました。
天使は、酷く不安になりました。
「だから、何。いきなり。別に隠してることなんか、」
「その羽は、どうした?」
そして、奏也のその言葉に、天使は言葉を失ったのです。
「お前の羽は、もっと綺麗だっただろう?」
天使には、何も言えませんでした。
天使の背にある傷ついた羽は、奏也に出会った頃のものとはもう、全く違っていました。
朽ちかけて、ぼろぼろになった羽は、もうじき、羽ばたくことすらできなくなるとわかっていました。
けれどそれを奏也に知られることなどないはずでした。
それなのに、奏也は羽のことを口にしたのです。
「ラズ。……お前、何隠してる?」
「何、……も……。」
「嘘だな。」
奏也は、そう言い切りました。
「ラズ。」
「……。」
「ラズワルド。」
奏也は、静かに天使の名を呼びました。
「……なあ、ラズ。俺、本当はなんとなく予想はついてるよ。お前が何なのかも、お前が隠してることも。」
天使には、わかりました。
奏也が何を言おうとしているのか。
「そ、奏也、」
「ラズ。俺は、」
「奏也、嫌だ、」
「……俺は、」
「奏也!」
「死ぬんだな。」
微笑みさえ浮かべて、奏也はそう言いました。
天使は、思わず耳を塞いでいました。
それでも、奏也の言葉ははっきりと天使の耳に届いていました。
「お前は、天使、だろう?……そして、お前のその羽は、俺のせいだ。」
「違う!」
「……違わない。やっと、わかった。……お前は、嘘が下手だな。」
奏也は、笑っていました。
「ばかだ、お前。」
「奏也、」
「どうして、そんなになるまで俺を殺さなかった?」
天使は、今にも泣きそうになっていました。
答える言葉は、一つも見つかりませんでした。
「……言う必要なんかないと思ってたから言わなかったけど。……俺は、お前が『仕事』をしてるところを、見たことがあるんだよ。だから、知ってる。……だから、解ったんだ。」
奏也の言葉は、とても静かでした。
「そんな顔するな。俺はお前にそんな顔をさせたかったわけじゃない。……お前が、ずっとそんな顔をしてるのを見たくないから言ったんだ。」
奏也の大きな手が、天使の髪を撫ぜました。
「ごめんな、ラズ。ごめん。こんなことを抱え込むのは、辛かっただろう?」
奏也のその言葉は、とても優しく響きました。
天使の目から、涙が溢れました。
一粒零れ落ちれば、涙は後から後から溢れて、天使はまるで小さな子供のように泣きじゃくりました。
そんな天使を、奏也は引き寄せると、そっと抱きしめました。
「もう、いい。好きなだけ泣いていい。良く頑張った。辛かったな、……ラズ。」
奏也は、そうして優しく天使の背を撫でました。
奏也の腕の中で、天使は、ただ泣きました。
どれほどの羽の痛みに襲われても、一度も泣かずにいた天使が、その時、初めて泣きました。
本当は自分が折らなければならない花を前に、天使は、初めて泣きました。