『花摘人』
『里中奏也』
その日、天使は、その名前を、絶対に見つけたくはなかった場所で見つけてしまうことになりました。
それは、天使が折り取らなければならない花の名前。
終わらせなければならない、命の名前でした。
天使は戸惑いました。
嫌だ、と。
この花を折るのは嫌だ、と、初めて、そう思ってしまったからです。
それまで、こんな気持ちになったことは一度もありませんでした。
花を折り取ること。
それは、命を終わらせること。
けれど、天使にとってそれは、なんでもないことでした。
それが仕事で、自分はただそれだけの為に存在しているのだと、知っていたからです。
それは、奏也と言葉を交わすようになってからも変わることはありませんでした。
奏也と共に過す以外の時間には、当たり前のように花を折り取り、命を終わらせていたのですから。
それなのに、その時天使は、どうしても嫌だと、奏也の花を折り取るのは嫌だと、そう思いました。
そんな戸惑いを抱えたまま、その日も天使は奏也に会いに行きました。
奏也の花を折り取らなければならない。
そう解っていたのに、その日、天使は、奏也の花を折ることが出来ませんでした。
いつもと同じように、奏也の歌う歌を、ただ聞いていました。
次の日も。
そのまた次の日も。
奏也の花を折ることは出来ないまま、奏也の元に通う日々が続きました。
そのうちに、広げた羽が、酷く痛むようになりました。
その痛みは日ごとに増していくようでした。
少しずつ、羽が朽ちているのでした。
広げるたびに多くの羽根が散り、少しずつ、朽ちて消えていくのです。
そしてある時、天使は気づきました。
それが、奏也の花を折ることが出来ないからなのだ、と。
天使は、どこまでも花を折り取る為だけの存在です。
それだけの為の存在である天使が、花を折れない、などということは、あってはならないのです。
天使は、気づきました。
このまま、奏也の花を折り取ることが出来なければ、遠くないうちに自分は消えてしまうのだということに。
天使の存在は、羽と共に在るのです。
その羽が朽ちることは天使自身の存在が消えるということでした。
天使は、悩みました。
それは、酷く辛い悩みでした。
奏也の花を折りさえすれば、羽の痛みから解放されることはわかっていました。
でも、奏也の花を折るということは、奏也の命を終わらせることです。
自分の存在と、奏也の花。
天使は、選ばなければなりませんでした。
そして、天使は選びました。
一つの、答えを。
天使は、奏也が好きでした。
奏也の紡ぐ歌が、そして、幸せそうに歌う奏也が。
天使は、とても好きでした。
『折れない。』
だから、それは、当たり前の答えでした。
日に日に、羽の痛みは強くなっていきます。
何故自分が奏也の前で笑うことができるのか、天使は不思議でした。
時折意識すらも薄れるほどの痛みの中で、それでも天使は、毎日奏也の元で、奏也の歌声を聞き、笑っていました。
そして、それは、天使が『終わりの日』を悟り始めた、そんな日のことでした。